
阪急時代の米田投手。1年目から15年連続で200回以上を投げた
プロ初打席は米田さん
本誌が発売されるころには
ヤクルトと
オリックスの日本シリーズの真っ最中だ。近年の日本シリーズは
ソフトバンクが4連覇を成し遂げ、特にこの2年は
巨人に4連勝と圧倒的な強さを見せた。セとパの実力差が言われたが、さて今年はどのような結果になるだろう。
セとパ、両リーグともに前年最下位のチームがリーグ優勝を果たしたのは史上初のようだ。確かに言われてみれば記憶にない。どんな展開になるかは神のみぞ知るだが、キーマンとなるのはオリックスの
山本由伸ではないか。この大エースをヤクルトが打ち崩せるかどうか。それができればヤクルトが、できなければオリックスが日本一になるのではないかと私は予想している。
それにしても今年の山本の活躍はずば抜けていた。18勝5敗で防御率は1.39。最多勝、最優秀防御率、最多奪三振と2位以下に差をつけて投手3冠に輝き、最高勝率も手に入れた。締め切り時点で発表はまだだが、沢村賞とMVPもまず間違いないだろう。特に5月から負けなしの15連勝はたいしたものだ。これぞまさしくエースと言える。
その15連勝は前身の阪急時代から含めての球団新記録だったようだが、山本に破られるまで14連勝の記録を持っていたのは、歴代2位の通算350勝投手の
米田哲也さんだ。今回はオリックスの日本シリーズ出場にちなみ、阪急のエースとして活躍した米田さんの話をしよう。
米田さんは1938年3月3日の生まれ。早生まれのため、学年で言うと私の3学年上となる先輩だ。鳥取県出身で地元の県立高(境高)を卒業後の56年、阪急に入団している。当時の阪急は西鉄や南海に押され、36年創立とパ最古の歴史を誇りながら優勝は一度もなく、低迷していた。紺やグレーのユニフォームが多かったこともあって“灰色の球団”と呼ばれたものだ。
その阪急で米田さんは1年目から活躍。51試合に登板して・・・
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