
日本シリーズを戦い終えて健闘を称え合った中嶋監督[左]と高津監督[写真=矢野寿明]
分岐点となった第4戦
少し前の話になるが、
村田兆治が亡くなった。自宅からの出火が原因だそうだが、どうしてこんなことになったのか、残念でならない。
私が現役時代、何度も対戦した投手だった。真っすぐも速かったし、フォークのキレも抜群。
ロッテでは2年間、チームメートにもなった。不器用な面もあったが、熱い気持ちを持った男。名球会でゴルフに行ったり、野球教室も一緒に開催した。9月に暴行容疑で逮捕されたときは留守番電話にもメッセージを残したが、返事はなかった。私よりも9歳下。弟のようにかわいがっていただけに、今でも信じられない気持ちでいっぱいだ。本当に惜しい男を亡くしたと思う。
さて、今回は
オリックス対
ヤクルトの日本シリーズについて振り返ってみたい。ずいぶん前のことのように感じるが、今シーズンの最後の戦いという意味でも触れておきたい。
ヤクルトの連覇か、オリックスのリベンジかと言われたが、勝ったのはオリックスだ。見事に1年前のリベンジを果たしたことになる。1分けはあったものの、同じ4勝2敗での雪辱。
中嶋聡監督も選手たちも達成感があっただろう。
シリーズ前は強力打線のヤクルトと強力投手陣のオリックスの対決と言われていたが、オリックスの投手力が上回ったというのが全体的な感想だ。それでも昨年に続いて接戦続きで内容も見応えがあった。もっとも随所にミスはあり、特に第7戦のヤクルトは守備から大量失点につながって日本一を逃したが、野球にミスは付き物だ。「ミスをしたほうが負ける」という野球の鉄則をあらためて教えてくれた一戦だった。
分岐点は第4戦にあったと思う。ここまでヤクルトの2勝1分け。オリックスは3戦を戦って未勝利。特に第2戦は3対0とリードした9回裏に3ランで追いつかれ、延長12回で引き分けになったものの、勝ちゲームを落としてしまった。
勢いはヤクルトにあり、第4戦をものにしていれば、そのまますんなりヤクルトで決まっただろう。しかし負けられないオリックスは3回に挙げた1点を必死の継投で守り切り、1対0で完封勝利を収めた。ポイントはこの1対0というスコアだ。ヤクルトにすれば、スコア以上の得点差に感じたのではないだろうか。つまりはオリックスの投手力に脅威を感じたということだ。これからは簡単に得点はできないぞと思ったに違いない。これがまた乱打戦、あるいは大量得点差での完封負けなら、そうでもなかったと思うが、1対0だけにオリックス投手陣の強さが際立ってしまった。
それにしてもオリックスのリリーフ陣は素晴らしかった。出て来る選手がすべて力強く、勢いのあるボールを放っていた。中嶋監督の采配にも迷いがなく、どんどんとリリーフ陣をつぎ込んでいった。第3戦まで勝てなかったことで、逆に第4戦からは開き直ったというか、これで負けたら仕方がないと思い切って手を打てたように思う。
宮内オーナー有終の美
それにしても短期決戦は難しい。第4戦からのオリックスの4連勝を誰が予想できただろうか。これが日本シリーズ、短期決戦の怖さだ。1試合1試合が点ではなく線のようにつながっている。
例えばヤクルトの山田(哲人)だ。第3戦で値千金の3ランを放った。しかしはっきり言えば、山田の活躍はそれだけだった。その後は誰の目から見ても明らかに不調。高津(
高津臣吾)監督はそこで情を挟むのではなく、調子の良い選手を起用するべきではなかったか。この選手で勝ってきた、この選手の復調なしでは勝てない、そんな思いは短期決戦では命取りになる。もちろん実績や経験豊富な山田は簡単に外せない選手だろう。守備の貢献度も高い。しかしここは非情になるべきだった。
逆に言えば、オリックスはその後の山田を徹底的に封じ込んだことで、勝利を手にしたとも言える。ヤクルトはシリーズを通じて三番打者がノーヒット。四番の村上(
村上宗隆)の前がこれではどうにもならない。村上の怖さも半減した。
試合後に高津監督が「悔しい」と号泣したと聞いた。シリーズ前にも書いたが、日本シリーズは勝てば天国、負ければ地獄のように感じる戦いなのだ。プロである以上、本来は負けて泣くべきではないと思うが、高津監督の心中は察するにあまりある。勝つチャンスはあったのに勝ち切れなかった、チームを勝ちに導けなかった責任、悔いだと思う。昨年はその思いを中嶋監督がしているわけで、しかしそれが来季への大きなモチベーションにもなるはずだ。選手たちも監督が号泣したと聞いて奮い立つだろうし、来季への思いを強くしたに違いない。
個人的にはオリックスの宮内義彦オーナーが選手たちに胴上げされたシーンが印象に残った。12球団のオーナーの中で最も野球好きのオーナーであり、確か会社で草野球チームをつくって自ら投げていた。いつだったか、「オーナー、まだ投げていらっしゃるんですか」と聞いたことがあったが、満面の笑みで「投げとるぞ」と返された。オリックスの球団創設以来のオーナーで今季限りでオーナー職を退くから、その年の日本一は、これぞまさしく有終の美と言えるだろう。中嶋監督、そしてオリックスの選手たちは最高のプレゼントをしたということだ。
しかしオリックスは本当に強くなった。数年前まではBクラスが常連の勝負に淡白なチームだったが、堂々の2連覇、そして日本一だ。やはりプロは勝たなければいけない。選手たちもそのことをつくづくと感じているのではないか。勝てば給料も上がるし、ファンも喜び、球団も潤う。それでもこれに満足せず、さらに優勝、日本一を重ねていってもらいたい。
最後に繰り返しになるが、今季の日本シリーズは、これぞ日本シリーズという戦いだったと思う。そして選手たちに強く言いたいのは、日本シリーズは見るものではなく、そこで戦うものだと言うことだ。そのチャンスをつかめるかどうかは自分やチーム次第だが、プロ野球選手たるもの、日本シリーズに出場して日本一を目指してもらいたい。
PROFILE 張本勲/はりもと・いさお●1940年6月19日生まれ。
広島県出身。左投左打。広島・松本商高から大阪・浪華商高を経て59年に東映(のち日拓、
日本ハム)へ入団して新人王に。61年に首位打者に輝き、以降も広角に打ち分けるスプレー打法で安打を量産。長打力と俊足を兼ね備えた安打製造機として7度の首位打者に輝く。76年に
巨人へ移籍して
長嶋茂雄監督の初優勝に貢献。80年にロッテへ移籍し、翌81年限りで引退。通算3085安打をはじめ数々の史上最多記録を打ち立てた。90年野球殿堂入り。現役時代の通算成績は2752試合、3085安打、504本塁打、1676打点、319盗塁、打率.319。