
2000年2月13日の春季キャンプ。長嶋監督は、江藤へのノックで背番号3をお披露目した
いつ脱ぐのか?
「
巨人が来ると寒くなる」
地元の人たちは毎年口々に言う。
2000年の宮崎春季キャンプ。2月1日はプロ野球選手にとっての元旦だ。南国とは思えない寒さの中で、選手たちは、その元旦に相応しく身を清められる思いでシーズンインとなる。
長嶋茂雄監督はあえてキャンプ地に温暖な外国を選ばなかった。監督自身の言う「寒稽古」は精神を鍛練する目的のキャンプになる。
この年、長嶋監督の背番号は33から3になった。現役引退後初めて巨人軍の永久欠番、栄光の背番号3を自らが着けて指揮を執ることになった。多くのファンの目に焼き付いたあの長嶋茂雄の雄姿が復活するのだ。
巨人のラインアップは
清水隆行、
仁志敏久、
高橋由伸、
松井秀喜、
清原和博、
二岡智宏、投手は
上原浩治、
桑田真澄、
高橋尚成らそうそうたる面々。新戦力として
広島から
江藤智、ダイエーから
工藤公康、ルーキーでは中央大から
阿部慎之助が加わった。しかし、このワクワクするメンバーの、どの話題よりも、背番号3のお披露目がいつになるのかキャンプ初日からファンが注目していた。
マスコミ各社は毎日気を揉(も)んでいたが、監督はグラウンドコートを常に脱がず、キャンプイン時の寒さもあってか、グラウンドコートの下にはもう1枚ウインドブレーカーを着ていた。薄手のウインドブレーカーを着ているときは、その襟の部分が見える。厚手のグラウンドコートと2枚着ているときは、いきなりお披露目ということはないなと僕は思っていた。
報道関係者からは「お披露目はいつですか」と毎日のように問い合わせがあったが、僕も分からず、監督担当広報の
小俣進さんからの指示をマスコミ各社と同じように待っていた。
実際にそのときになって広報が何をどう仕切るかということに関しても、まったくイメージが湧かず、ただ気を揉んでいるだけであった。
キャンプ初日の寒さが和らぎ・・・
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