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石田雄太の閃球眼

石田雄太コラム「決まり切ったフレーズほど咀嚼しなければならない」

 

日本では“野球の神様”と呼ばれるベーブ・ルースだが、本名をご存じだろうか?[写真=BBM]


 ベーブ・ルースは投打で同時により高いレベルを目指した時期があったわけではないので、二刀流の先駆者という物言いには賛同しかねるのだが、それでも大谷翔平がルースの記録を掘り起こすたびに気になっていることがある。それはルースにしばしば「アメリカで“野球の神様”と呼ばれた……」の冠がかぶせられている、ということだ。しかしながら、もしアメリカでルースが“野球の神様”と呼ばれているとしたら、英語でどう表現されているのかが気になって、知人たちに訊いてみた。

 日本に住んでいたアメリカ人ジャーナリストは、「日本語の“神様”を英語の“GOD”の意味で使っているとしたら、アメリカでルースは“野球の神様”とは呼ばれていない」と言い切った。彼は「ルースは“The Sultan of swat”と呼ばれていて、もしかしたらこの表現が日本語の“野球の神様”に訳されたのではないか」と分析した。そもそもオスマントルコの皇帝を指す“Sultan”は日本語では“支配者”と訳されていて、強く叩く意味の“swat”は野球で使う場合は“かっ飛ばす”といったニュアンスを含んでいるらしい。

 つまり“The Sultan of swat”は“強打王”とでも表現すべきだろうか。ちなみに“打撃王”は日本ではルー・ゲーリッグのこととされ、これは『The Pride of the Yankees.』というゲーリッグの生涯を描いた映画の邦題が『打撃王』だったことに由来しているようだ。アメリカでゲーリッグは“Iron Horse(鉄の馬)”と呼ばれており、それは日本でも知られている。

 いずれにしてもルースのニックネームは、日本でよく言われる“野球の神様”とはかなりイメージが違っているようだ。アメリカで長くメジャーの取材に携わってきた日本人のTVディレクターは「八百万の神様がいる日本と違って、アメリカでは“神”を軽々にニックネームには使わない」と話していた。となるとベーブ・ルースを“野球の神様”と呼んでいるのはアメリカではなく日本、ということになるのかもしれない。

 そもそもベーブ・ルースもサイ・ヤングも、じつはニックネームである。本名はそれぞれジョージ・ルースであり、デントン・ヤングだ。赤ん坊のように奔放だったことから“Babe”、投げるボールが台風(Cyclone)のようだから“Cy”と呼ばれ、ニックネームが名前の如く語り継がれた。野球の世界ではニックネームをつけるのは好まれるようで、“ロケット”といえばロジャー・クレメンスだし、“ビッグ・ユニット(巨大な物体)”はランディ・ジョンソンだ。遡れば“シューレス・ジョー(ジャクソン)”や“チャーリー・ハッスル(ピート・ローズ)”ら、ニックネームを聞くだけで思い浮かぶ選手は多い。日本でも、打撃の神様、ミスター、鉄人、鉄腕、悪太郎、若大将、大魔神など、特定の顔が浮かんでくるニックネームは枚挙に暇がない。

 思えばイチローにもいろんなニックネームがつけられた。“レッドホット(赤丸急上昇)”、“Ichiriffic”(すごいという“terrific”をもじった造語)、“ICHI PALOOZA”(バカ騒ぎするお祭り)“Wizard(魔法使い)”といったニックネームが電光掲示板に踊るようになったが、どれも定着するまでには至らなかった。大谷の“Sho-time”が今、どのくらい定着しているのか実感できていないのだが、正直、ニックネームとしてはあまりピンとこない。アメリカでは松井秀喜の“Godzilla”のほうが定着したし、松坂大輔の“DICE-K”も……いや、“ダイス・ケー”は“ダイスケ”と呼ばれているのと変わらないじゃないかと言われたら否定できない(笑)。

 日本人がメジャーで規格外の数字を叩き出すと、当然、先人と比較される。そうした選手を紹介するときにニックネームは個性を伝えやすいので、つい使いたくなる。しかし、プレーを見るどころか会うことすら叶わない往年の名選手を引き合いに出すときには、今の時代と安直に比較することのないよう配慮しなければならないということはずっと意識している。それはいくつもの先人、先達の名を掘り起こしたイチローがこういう話を聞かせてくれたからだ。

「クーパーズタウンに行ったときに野球の殿堂で昔の選手が実際に使っていたバットやシューズ、スパイクに(手袋をして)触れる機会をいただきました。レリーフの周りの空気はどの選手も一緒でしたが、“もの”には独特の空気があります。タイ・カッブのグラブに触ったら薄くてペラペラで、今の野球とはとても比較できないと思いました。バットもボールもおそらく今のように立派なものではなかったでしょう。僕がいろいろな記録を残して昔の人と記録だけの比較をされましたけど、単純に比較してはいけないということを実感させてもらいました」

 つまり、大谷の数字をルースの名前とともに報じるときにも、その比較にどんな意味があるのかを熟慮する必要がある、ということだろう。しかも、決まり切ったフレーズほど咀嚼しなければならないのだと、肝に銘じた次第――。

PROFILE
いしだ・ゆうた●ベースボールライター。1964年生まれ。名古屋市立菊里高等学校、青山学院大卒。NHKディレクターを経て独立。フリーランスの野球記者として綴った著書に『イチロー・インタビューズ激闘の軌跡2000-2019』『大谷翔平 野球翔年』『平成野球30年の30人』などがある。
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ベースボールライター。1964年生まれ。名古屋市立菊里高等学校、青山学院大卒。NHKディレクターを経て独立。フリーランスの野球記者として綴った著書に『イチロー・インタビューズ激闘の軌跡2000-2019』『大谷翔平 野球翔年』『平成野球30年の30人』などがある。

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