
交流戦が始まった2005年の楽天対巨人の試合前には、楽天・磯部公一[左]、巨人・二岡智宏[右]があいさつ。交流戦開始の経緯は、しっかりと語り継いでいく必要がある[写真=BBM]
思えば30年前はサッカーの取材もしていた。日本サッカーリーグの母体を持たない清水エスパルスのチームづくりを追い掛け、ワールドカップへの初出場を目指す日本代表の
ラモス瑠偉のドキュメンタリーを作っていた。そして1993年5月15日、華々しくJリーグが幕を開けたこのころ、野球人気の凋落が声高に叫ばれていた。
観客減、地上波中継の視聴率低下、野球少年の減少……そんな日本の野球人気を救ったのは、その年に巨人の監督に復帰した
長嶋茂雄であり、長嶋監督がドラフトで引き当てた甲子園の怪物、
松井秀喜の登場だった。翌94年に監督として初の日本一に輝き、銀座のパレードでオープンカーに乗ったまま立ち上がった長嶋監督の笑顔と10代ででっかいホームランを打った松井秀喜の迫力には、サッカーに傾いた世の流れを野球に引き戻すだけのパワーがあった。
しかし、日本のサッカーは98年にワールドカップへの初出場を果たし・・・
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