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石田雄太の閃球眼

石田雄太コラム「夢や時間を奪った脅威もプラスに転じる道筋はある」

 

8歳のころの夢を実現させたオリックス曽谷龍平。新型コロナ禍で失われたものは多いが、自分と向き合う時間になった選手もいる[写真=佐藤真一]


 3年前の今ごろ――新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐために夏の甲子園大会の中止が発表され、甲子園を目指すことさえ叶わなくなった高校3年生。それでもその年の秋のドラフト会議で名前を呼ばれてプロ野球選手になることを叶えた高校3年生は、支配下で30人、育成枠で22人いた。

 ドラフト1位でドラゴンズに指名された高橋宏斗(中京大中京高)は、この春のWBCで日本代表に選ばれ、決勝のアメリカ戦ではマイク・トラウトをスプリットで、カイル・シュワバーをストレートで三振に斬って取った。バファローズから1位で指名された山下舜平大(福岡大大濠高)は今シーズン、プロ初登板からすべて先発での5連勝を記録し、ついに噂の怪物がベールを脱いだと騒がれた。

 1位でなくとも一軍で活躍している選手はほかにもいる。スワローズから3位で指名された内山壮真(星稜高)、ファイターズ4位の細川凌平(智弁和歌山高)、ドラゴンズから3位で指名された土田龍空(近江高)、ジャイアンツ5位の秋広優人(二松学舎大付高)は交流戦でスターティングラインアップにその名を連ねている。彼らならば、もしかしたら「あの夏を奪われた悔しさが今に生きている」と言ってくれるような気がする。

 もちろん、新型コロナで機会を奪われたのは高校3年生だけではない。印象に残っているのはバファローズのルーキー、曽谷龍平から聞いた話だ。奈良県の斑鳩で生まれ育った曽谷は、秋田のノースアジア大明桜高へ進学。2年の夏には甲子園のマウンドに立ったものの、3年の夏は吉田輝星のいた金足農高に決勝で敗れた。その年の秋のドラフト会議で吉田はファイターズから1位で、チームメートの山口航輝はマリーンズから4位で指名されてプロの世界へ進む。そして曽谷は白鴎大に進んで、4年後のドラフトを目指した。

「白鴎大は自主練習が多いと聞いていたので、自分のやりたいことができる、というのが選んだ一番の理由です。やらされる練習では意味がないことをそれまでの経験から感じていましたから……でも大学1年のとき、逆にその環境に甘えてしまって、野球に対して真剣に向き合うことができなくなっていました。そんな自分を変えてくれたのが大学2年のコロナ禍でのリーグ戦中止です。全体練習が完全にストップして、自主練習をするしかない期間が3カ月あったんですが、そのとき、このままじゃダメだと火がついたんです」

 山口だけでなく、大学の先輩だった大下誠一郎(現ロッテ)がバファローズで結果を出し始めていた時期、このレベルを目指していたはずなのに今の自分はどうなんだ、このままでは終わってしまうと曽谷は危機感を抱いたのだという。

「山口や大下さんがプロで活躍しているのを見て、不安に苛まれた時期でした。そんなとき、このままじゃダメだ、何かを変えて必死にならなきゃと思ったんです。まずウエート・トレーニングに取り組みました。食事も1日6回に増やして、体づくりに励みました。そうしたら体重が10kg近く増えて、スピードも10キロ上がった。150キロを超えて、自信もついて自分の世界に入り込めるようになりました。どんどん攻めるピッチングができるようになったんです。コロナで試合がなくなったあの時間があったからこそ、僕は成長できたと思っています」

 不思議だと思うのは、何かを変えなきゃと、どこからか声が聞こえてきたのが、曽谷が20歳のときだった、というところだ。よく知られた話だが、曽谷は8歳のときに小学校の授業で自分への手紙を書いている。『20歳のりゅうへいへ、8歳のりゅうへいより』というタイトルなのだが、読んでみると20歳の曽谷が8歳の自分へ宛てた体の文面になっている。

「いまぼくはビールをのめますよ。いまプロ野きゅうのチームはオリックスバハァローズにはいっています。きみも20才になったらオリックスにはいってください。」(原文ママ)

 自由な校風の大学へ入り、いつしか甘えが生じていた20歳の曽谷。そんなとき、どこからか聞こえてきた「それでいいのか」と囁く声――その声の主は、もしかしたら8歳の自分だったのではないかと、ついそんなふうに考えてしまって、曽谷に聞いてみた。

「あの手紙はドラフトのときに父が持ってくるまですっかり忘れていて、『あっ、そんなん書いてたのか』って感じだったんです。でも言われてみれば、20歳のときにプロになってくださいと言われていたのに、現実の20歳の自分といえば甘ったれた大学生で、コロナで試合もなくなって……最近、よく思うんです。自分は何か運を持ってるのかなって。あそこで流されなかったからこそ、今、野球を続けていられますからね」

 新型コロナウイルスの猛威は間違いなく脅威だった。それが人生のマイナスになった人は数知れない。しかし、そのときにはマイナスにしか思えなかったことでも、プラスに転じる道筋はあるのだ。野球選手からそういうことを教えてもらえるのは、野球好きだけに与えられた特権でもある。

PROFILE
いしだ・ゆうた●ベースボールライター。1964年生まれ。名古屋市立菊里高等学校、青山学院大卒。NHKディレクターを経て独立。フリーランスの野球記者として綴った著書に『イチロー・インタビューズ激闘の軌跡2000-2019』『大谷翔平 野球翔年』『平成野球30年の30人』などがある。
石田雄太の閃球眼

石田雄太の閃球眼

ベースボールライター。1964年生まれ。名古屋市立菊里高等学校、青山学院大卒。NHKディレクターを経て独立。フリーランスの野球記者として綴った著書に『イチロー・インタビューズ激闘の軌跡2000-2019』『大谷翔平 野球翔年』『平成野球30年の30人』などがある。

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