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石田雄太の閃球眼

石田雄太コラム「波に乗って甲子園へ スイッチが入る瞬間」

 

公立の夏の甲子園・大阪代表校は、1990年の渋谷高が最後。2年生ながら中村紀洋[元近鉄ほか]が四番を張っていた[写真=BBM]


スタートするためにあえての厳しい言葉


 大冠高校といえば、今でも思い出すのが2017年、夏の大阪府大会の決勝だ。大阪での公立校の決勝進出は、1998年の桜塚高校(この年は大阪から2校が甲子園出場、桜塚高は北大阪大会の決勝進出)以来、19年ぶりのことだった。8年前の大冠高は、決勝で同年春のセンバツで優勝を果たしていた大阪桐蔭高と激しく打ち合った。

 4対10となった9回表、大冠高は4点を返してなおツーアウト一、二塁。最後はサードゴロで力尽きたのだが、帽子もユニフォームも白一色、胸に漢字でタテに“大冠”と書かれた無骨でシンプルな出で立ちが強く印象に残った。

 その大冠高に昨秋、イチローが指導に出向いた。イチローのもとに大冠高の選手全員からの手紙が届いたからだった。強豪私立が居並ぶ大阪で「甲子園に出たい」という想いがどこまで本気なのか……私立が強い愛知県で、私立側(愛工大名電高)の高校で過ごしてきたイチローにしてみれば、彼らの覚悟がいかほどかを知りたかった。だから、イチローは大冠高の選手たちを前に開口一番、こう言った。

「履正社、大阪桐蔭、大冠高校のこと、まったく眼中にないです」

 厳しい言葉をぶつけたイチローは・・・

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石田雄太の閃球眼

石田雄太の閃球眼

ベースボールライター。1964年生まれ。名古屋市立菊里高等学校、青山学院大卒。NHKディレクターを経て独立。フリーランスの野球記者として綴った著書に『イチロー・インタビューズ激闘の軌跡2000-2019』『大谷翔平 野球翔年』『平成野球30年の30人』などがある。

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