
2001年、ヤンキースとのア・リーグ頂上決戦第5戦で、イチローは一度も守ったことのないレフトを守った。選手起用の迷走もありワールドシリーズ進出はならなかった[写真=Getty Images]
イチローの誕生日に最強マリナーズの終戦
宝物の自慢話におつきあいいただきたい。仕事部屋に続く廊下に飾ってあるのは額に入れた2001年、ポストシーズンのチケットシートである。“シート”と書いたのは、10枚のチケットが1枚のシートになっていて、試合が行われるたびに1枚ずつ切り離しながら使う形になっているからだ。
シアトルで行われることになっていたディビジョンシリーズの最大3試合、リーグチャンピオンシップの最大4試合。そしてワールドシリーズのシアトルでのチケットにはゲーム3、4、5の表記があった。この頃のワールドシリーズのホームアドバンテージがナ・リーグとア・リーグへ隔年で与えられていたため、この年のワールドシリーズは第3、4、5戦がシアトルで行われることが早々に決まっていたからだ。
この01年のシアトルでのワールドシリーズのチケットが幻となったことは、四半世紀も前のこととはいえ、昭和生まれの野球好きなら憶えているだろう。01年のマリナーズは・・・
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