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石田雄太の閃球眼

石田雄太コラム「野球を愛し、野球に愛された“トミー”こと今久留主さん」

 

PL学園高時代に同期の桑田とバッテリーを組んだ今久留主氏[左から2番目]。85年春夏の甲子園に出場し、夏の全国制覇に貢献した[写真=BBM]


阿吽の呼吸で確かめた桑田復活の第1球


 負けちゃいけないんだよ――明大の象徴、島岡御大の口癖を独特の口調で真似たトミーの声が今も耳に残る。“トミー”というのは今久留主成幸のことだ。PL学園高ではKKコンビと同期のキャッチャーで、明大からホエールズ、ベイスターズ、ライオンズと、プロで10年プレーした。プロ初安打がサヨナラヒットだったことを記憶している野球好きは多い。

 ちなみに“トミー”と名づけたのは桑田真澄で、“イマクルス”という苗字は珍しいという話をしていたら今久留主が突然、こんな話を始めたのがきっかけだった。

「何かの受け付けで待っていたらね、『いまひさ(今久)とめぬし(留主)さーん』って呼ばれたんよ。まさか自分のことやって思わないでしょ(笑)。あとは“留”の一文字から『トメ』と呼ばれたり、“久留主”の部分から『クルーズ』と呼ばれたり……」

 その言葉を遮った桑田は「じゃあ、“トメー・クルーズ”やな」と笑った。以降、今久留主は“トメー”でなく“トミー”と呼ばれるようになったのである。そのトミーが1月の末、58年というあまりに短すぎる生涯を終えた。

 トミーとは1997年1月、ともに桑田のオーストラリアでの自主トレに同行したことがある。当時・・・

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石田雄太の閃球眼

石田雄太の閃球眼

ベースボールライター。1964年生まれ。名古屋市立菊里高等学校、青山学院大卒。NHKディレクターを経て独立。フリーランスの野球記者として綴った著書に『イチロー・インタビューズ激闘の軌跡2000-2019』『大谷翔平 野球翔年』『平成野球30年の30人』などがある。

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