週刊ベースボールONLINE

石田雄太の閃球眼

石田雄太コラム「千両役者がズラリ 2006年ファイターズ劇場」

 

引退を公表していたSHINJO[新庄剛志]が日本一を置き土産に、自身の花道を飾った[写真=BBM]


人、時には神をも惹きつける新庄剛志


 思えばONがV9で盛り上げてきた20世紀の日本シリーズは、最初で最後の指揮官としてのON対決で幕を下ろした。そして21世紀の日本シリーズは梨田昌孝監督の(大阪近鉄)バファローズと若松勉監督が率いたスワローズの対決から始まっている。しかし、この2001年の日本シリーズは現場で取材できていない。なぜならこのシーズンからイチローがメジャーへ挑み、マリナーズがアメリカでポストシーズンを戦っていたからだ。日本シリーズの期間中はヤンキースとのリーグ・チャンピオンシップが佳境を迎えていて、その取材のためにシアトル、ニューヨークにいた。だから日本シリーズには取材に行けなかった。

 翌02年はジャイアンツがライオンズを4タテ、このシリーズが松井秀喜のジャイアンツでの最後の舞台となった。03年は星野仙一がタイガースを20年ぶりのリーグ優勝へと導き、王貞治率いるホークスに挑んだものの第7戦で敗れる。04年は監督1年目の落合博満がドラゴンズでリーグ優勝を果たし、こちらも監督1年目の伊東勤がライオンズでこの年から再び始まったプレーオフでホークスを倒して、レギュラーシーズンの勝率2位から日本シリーズ出場を勝ち取った。

 この年も第7戦までもつれ、ライオンズが下剋上を成し遂げる。ドラゴンズの50年ぶりの日本一は叶わなかった。05年もパからは勝率2位のマリーンズがプレーオフを制して日本シリーズへ進んだ。この年のマリーンズはタイガースを4タテと圧倒し、1974年以来の日本一をつかみ取った。3試合連続の2ケタ得点、4試合で33得点を挙げたマリーンズに対し、タイガースは4試合で4得点に終わる。“33対4”という意味のないはずの数列は、今でもタイガース好きのトラウマになっている、と聞いたことがある。

 さて、21世紀の日本シリーズは・・・

この続きはプレミアムサービス
登録でご覧になれます。

まずは体験!登録後7日間無料

登録すると、2万本以上のすべての特集・インタビュー・コラムが読み放題となります。

石田雄太の閃球眼

石田雄太の閃球眼

ベースボールライター。1964年生まれ。名古屋市立菊里高等学校、青山学院大卒。NHKディレクターを経て独立。フリーランスの野球記者として綴った著書に『イチロー・インタビューズ激闘の軌跡2000-2019』『大谷翔平 野球翔年』『平成野球30年の30人』などがある。

関連情報

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング