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石田雄太の閃球眼

石田雄太コラム「横浜-明徳義塾戦 9回裏もう一つの物語」

 

98年夏の甲子園準決勝、横浜対明徳義塾戦の9回裏、無死満塁から後藤の中前打で佐藤に続き加藤が生還して同点。次打者の松坂もガッツポーズ[写真=BBM]


たった3球で無死満塁の好機演出


 夏の甲子園、組み合わせの妙。

 今年は昨春のセンバツを制した横浜高校と昨夏の甲子園で日本一を勝ち取った沖縄尚学が初戦でぶつかった。横浜の織田翔希と沖尚の末吉良丞の投げ合いが注目された一戦は、横浜がチームとしての総合力を見せつけて勝ち上がる。

 その直後には明徳義塾と日南学園が対戦。「令和になって勝ち星がまだない宮崎県勢」という、今の選手たちには何の関係もない十字架を背負わされた日南学園が、サヨナラで明徳を下して2回戦へ進んだ。明徳が勝てば『横浜対明徳義塾』、夏3度目の対決を見られるという、これまた今の選手には何の関係もない“夏の甲子園ノスタルジー勢”の願いは叶えられなかったものの、28年前を思えば、日南学園にもノスタルジー勢がドキドキする物語はあった。

 日南学園、じつは1998年の夏、3回戦で明徳義塾に敗れている。明徳のエースが寺本四郎、二番手が高橋一正で、日南の四番は赤田将吾。この試合、寺本がホームランを打って明徳義塾が5対2で日南学園を下し、ベスト8へ進出。横浜との対戦は叶わなかった。

 しかし日南学園は秋の神奈川国体で横浜と対戦。赤田は松坂大輔と初めて対峙し、三振に斬って取られた。その年のドラフトで松坂を1位指名した西武が、2位で指名したのが赤田だ。甲子園ですれ違った2人がともに高卒で西武に入り、8年間をチームメートとして過ごすのだから縁というものはどこで結ばれるか分からない。

 その98年夏・・・

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石田雄太の閃球眼

石田雄太の閃球眼

ベースボールライター。1964年生まれ。名古屋市立菊里高等学校、青山学院大卒。NHKディレクターを経て独立。フリーランスの野球記者として綴った著書に『イチロー・インタビューズ激闘の軌跡2000-2019』『大谷翔平 野球翔年』『平成野球30年の30人』などがある。

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