
3000安打500本塁打を成し遂げた日本で唯一の打者。加えて300盗塁は世界でも3人しかいない金字塔だ[写真=BBM]
自身の記録超えで見せたイチローへの気遣い
今からちょうど50年前、半世紀も昔の話だ。小学6年生だった1976年、名古屋駅へ行ったら目の前に身体のでかい男たちがうようよしていた。それは
巨人の選手たちだった。もちろんユニフォームは着ていない。スーツ姿の
堀内恒夫、
柴田勲、
デービー・ジョンソン、
横山忠夫、
倉田誠、
小川邦和、
淡口憲治、
末次利光……憧れの巨人の選手が目の前にいたのだから、野球好き&巨人ファンの小学生は胸をときめかせ、あたふたしてしまった。そして一番近くにいたのが、
張本勲だった。
野球好きの小学生は持っていた掌サイズのスケッチブックを手に、恐る恐る張本を見上げながら「サイン、お願いします」と声を掛けた。最初が厳(いか)つい張本だったのだから、大した勇気だったと思う。すると張本がニコッと笑った。ペンを手にスケッチブックにサラサラッとサインを書いてくれたのだ。勇気を振り絞った証はそのスケッチブックにある。1ページ目のサインは、厳つくも優しかった、背番号10――。
そんな話を張本としたことがある。あれは
イチローが日米通算で張本の持つ日本記録を抜こうとしていた2009年のことだ。その瞬間をナマで見届けようと、68歳だった張本はシアトルまで足を運んでいた。当時、日曜朝のテレビ番組で「喝」を連発し、毎週、張本節は賛否両論を巻き起こしていた。そんな頑固オヤジのイメージからは程遠い、優しい笑みを浮かべた張本は、半世紀も前にサインをもらった野球好きの昔話を「そうかね」と受け止めてくれた。
やれ「メジャーの野球はレベルが低い」だの「イチローは日本では1300本も打っていない、日本記録を持っているのは私ですから」だの、歯に衣着せぬ発言はしばしば批判を招き、炎上もした。しかし張本はテレビ番組の中では頑固オヤジの役を演じているに過ぎなかった。そしてイチローは張本の意図を理解していた。だから番組レギュラーとしての出演が終わるとき、イチローは張本にテレビカメラの前でねぎらいの言葉を贈ったのである。それは敢えて盛大な「喝」をもらうために、張本のことを「ハリー」と呼びかけて最後を締めくくるという、なんとも粋なメッセージだった。張本の目の前で3085本目のヒットとなる満塁ホームランを放ったイチローは・・・
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