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THE HEROES 熱球インタビュー

ヤクルト・大西広樹インタビュー 冷静と情熱の間で「少しでもリスクを回避する考え方に変わりました」

 

高津臣吾監督が就任1年目の2020年にドラフト4位で入団。今季は出遅れたが4年連続40試合登板をクリアした。指揮官からの信頼も厚く、チームには欠かせない存在だ。今夏は2年連続で球宴出場。キャリアは順調に見えるが、強気に攻める投球スタイルには心の変化が出始めてきた。
取材・文=長谷川晶一 写真=川口洋邦、兼村竜介、菅原淳
※成績・情報は9月4日現在


7月24日のオールスターゲーム第2戦で登板。放送席と会話をしながら投げた。右腰にあるのはマイクの受信機[写真=兼村竜介]


2カ月間ものノースロー


 昨年はチーム最多の60試合に登板し、今季も田口麗斗石山泰稚、バウマンらクローザー候補が次々と離脱する中で、リリーフ陣の中心として八面六臂の活躍を見せている。しかし、実際の成績とは裏腹に、本人の胸中には「こんなはずでは……」という葛藤を抱きながらマウンドに上がっているという。

――今シーズンは二軍春季キャンプから始まり、開幕も二軍からのスタートとなりました。開幕当初のコンディションや状況はどうだったのですか。

大西 自分の体を全然分かっていなかったというか、動いてほしいところが動いてくれない状況でした。球速を出す練習をしても思いどおりにいかず、何をやってもダメでしたね。

――プロ6年目、スタートでつまずいた原因はどこにあったのでしょうか。

大西 昨年のオフにノースロー期間を増やしたことがスタートでつまずいた原因だと思います。例年なら10日から2週間ほどでしたけど、去年は2カ月ほどノースロー期間を延ばしました。でも、それが失敗だったと思います。

――2カ月もノースローというのは思い切った決断だと思います。

大西 確かにそうですね。ただ、昨年は60試合に登板して、肉体的にもかなり疲労が溜まっていたし、周りからも「勤続疲労の時期が必ず訪れる」と言われていたので、「思い切って一度試してみよう」と即決しました。

――2カ月間ボールを投げなかったことで、どんな変化がありましたか。

大西 まず、感覚が全然違いました。どこでリリースしているのか分からないし、投げ方自体も分からなくなってしまって。自主トレ期間の最初のキャッチボールで「これはキャンプに間に合わないな」と、すでに焦りを感じていました。

――キャンプやオープン戦は、実は不安だらけの心境だったのですか。

大西 そうですね。肩や肘は万全でしたが、2カ月のノースローのせいで投げる感覚がつかめずに変な投げ方になってしまっていました。スロー初日は塁間をちょっと超えたぐらいの距離のキャッチボールしかできませんでした。

――そこまで、感覚が失われてしまうものなのですか。

大西 2023年の12月は「これは来年いけるぞ」というキャッチボールができていたんですけど、24年の12月は「ちょっと来年は怪しいぞ」という感覚で、何から何まで正反対でした。

――開幕後から現在まで、かつての感覚は取り戻せましたか。

大西 正直なところ・・・

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