阪神のシンデレラボーイと言えば、石井大智や工藤泰成が挙げられる。もう一人、アナザーストーリーを実現させた右腕がいる。目まぐるしく変わる環境をものともせず、逆に変化を求め、飛躍を果たした。 取材・構成=椎屋博幸 写真=宮原和也、佐藤真一 球速より結果を求め
2025年の育成ドラフト1巡目。今年7月に支配下となり、ドラフトから約1年後には、優勝を決める試合やクライマックスシリーズファイナルステージの負けられない究極の場面でマウンドに立っていた。失敗を恐れず、常に挑戦してきたことが実を結び、いまや阪神に欠かせない存在になっている。 ――今年は育成で入団し、7月に支配下となり、最後はリーグ2連覇に貢献。激動の1年でした。
神宮 ドラフトではまずは、育成でもいいので、どこか指名してもらえる球団があればいいな、という思いだけでした。大学3年生の秋季リーグと4年生の春季リーグで投げられなかったということもあり、育成で声がかかればいいかな、と思っていた程度でした。
――入団したときにはプロで成功できる、という思いはありましたか。
神宮 まだまだプロでは通用しない部分が多いとは思っていましたが「結果を出したもの勝ち」という考えもありました。能力が高くても、結果が出なければこの世界では意味はないと思っていますので、自分の持っている能力を最大限に出して結果を残せる、という自信はありました。根拠のない自信ですけど。多分プロに入れたというワクワク感がそういう思いにさせたのかな、と思います。
――プロに入るための努力が、成果となって表れたことへのうれしさがあった。
神宮 大学4年生の秋季リーグで復帰して、結果を出すことができたら、どこかの球団が指名してくれるのではないか、と思っていました。だからこそ、球速よりも“内容と結果”を求めていました。それがドラフトに反映されたので、入団後の自信につながったのかもしれません。
――育成からのスタートでも、プロの世界、打者と対戦してやっていけると思ったのでしょうか。
神宮 やっていけるという確信は持てなかったです。でも、入団以来ずっと高揚感があって、さらに大学4年生の秋季リーグと同じ、投球での良い感覚が残っていたので、その自信がずっと自分の中で継続していました。
――実際に二軍のプロの打者との対戦でも良い感覚で投げられた。
神宮 二軍と言ってもレベルがすごく高かったです。なので「そこは当然、うまくいかないよね!」と自分の中で納得できましたね。ここで自分の立ち位置、現状を知って、受け入れられたことが大きかったです。気持ちが落ちることなく「次はどういう感じで投げようかな」「抑えるためにはどういうこと、どういうトレーニングが必要なのかな」と、自然と考えることができました。
――プロという世界にいることで、さらなるやる気が出てきた。
神宮 それもあります。高校、大学でどうしても結果が出なくて、やる気をなくしたり、辞めていく選手たちを数多く見てきました。でも・・・
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