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綱島理友のサブカルノート

ベースボール百科「地域名の消えたアスレチックス 日米ニックネームのみの球団列伝」

 

イラスト=イワヰマサタカ


 オークランド・アスレチックスという名称は、2024年の11月4日をもって消えた。これからしばらくはアスレチックスのみが、このチームの呼び名となる。略称はこれまでの「OAK」から「ATH」になるそうだ。

 予定としては28年のシーズンからネバダ州ラスベガスに新設される球場に移転することになっているが、それまではサクラメントのマイナー・リーグ球場での仮住まいなので地域名は名乗らないことになった。で、地域名のないチーム名が北米4大スポーツに登場するのは80年ぶりの出来事だという報道を目にした。

 しかしその報道では80年前の都市名なしは何のチームなのか説明がない。そこで調べてみることにした。

 すると判明したのが1945年にフットボールのNFLに加盟していたヤンクスというチームだった。

 このチーム、野球ファンの視点から見ても面白い。ヤンクスはヤンキースの略だが、1944年にボストンのフェンウェイ・パークを本拠地に誕生していて、もともとはボストン・ヤンクスという名称だったのだ。ボストンにヤンクスって、なんだか阪神ジャイアンツみたいで妙な感じだが、野球とフットボールはチーム名や本拠地がかぶるので、混乱しないように説明しないといけない。

 ヤンクスのチームカラーはグリーンとゴールド。偶然だがアスレチックスと同じで、これも面白い。

 45年、第2次世界大戦で選手不足となり、シーズン途中にブルックリン・タイガースと合併。ボストンのフェンウェイ・パークとブルックリンのエベッツ・フィールドの2カ所を使用するので地域名なしのヤンクスとなった。しかし翌46年から本拠地はボストン1カ所とされボストン・ヤンクスに戻るが、49年にニューヨークへ進出。ところが興行的に失敗。51年で解散している。

 で、日本プロ野球だ。こちらにもニックネームのみの球団が存在した。イーグルスとアトムズである。

 イーグルスは後楽園球場を母体に戦前の37年にスタートした。しかし創設時、すでに東京ジャイアンツと東京セネタースがあったので、埋没をさけるためにイーグルスだけを名乗ることにした。近年、後楽園イーグルスと記述するケースもあるが、もともとはイーグルスのみだ。

 アトムズは現在の東京ヤクルトスワローズ。65年に国鉄スワローズを買収した産経新聞が66年から手塚治虫の「鉄腕アトム」からサンケイアトムズを名乗ったが、69年にヤクルトの資本参加をきっかけに、チーム名称をアトムズのみとした。

 当時、テレビタレントでプロ野球通としても知られていた明治大学教授の鈴木武樹が、自著の中で読売ジャイアンツがなぜ全国人気があるのかを分析して注目されていた。

「他の11球団は親会社、スポンサー、都市名で呼ばれている。しかるに読売ジャイアンツだけは『巨人』と呼ばれる。このチームだけは宣伝臭もなければ特定の都市にも縛り付けられていない。無色透明な名称で呼ばれるのは、計り知れない優遇処置である」と述べていた。

 つまりアトムズも全国人気を狙ったわけだが、その地位を獲得するのには時間がかかる。結局、ストレートに会社名を出したほうがメリットがあると判断されたのか、翌70年からはヤクルトアトムズとなった。(文=綱島理友)
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