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【MLB】ウィリー・メイズが93歳で死去 攻守走に華があった偉大なプレーヤー

 

3拍子そろった名選手だったメイズ。3000安打、600本塁打、300盗塁以上を記録しており、中堅の守備は超一流だった。MLB史上で大きな歴史を残した


 ウィリー・メイズが93歳で亡くなった。一般に野球史上最も偉大な選手はと聞かれると、ベーブ・ルースという答えになるが、メイズだと言う人もアメリカには少なからずいる。メイズは打って、守って、走って、投げてと何でもトップレベルで、しかも動きに華があり、観客を魅了した。生涯打率.301、3293安打、660本塁打、339盗塁の数字は立派だが、大砲のような肩、バスケットキャッチ、帽子を飛ばしながらのベースランニングなどで、ファンを楽しませた。

 殿堂入りの名二塁手ジョー・モーガンは「メイズは私が見た中で最高の選手。フィールド上で毎日何かしらのプレーをして、私に『すごい!』と言わせた」と称賛している。本人はほかの偉大な選手と比較される中、インタビューで「私より打つのがうまい選手、走るのが速い選手、何かが得意な選手はたくさんいましたが、私が誇れるのは何でもできたことでした」と語っている。

 1931年5月6日、アラバマ州のバーミングハム近郊に生まれた。10歳のときから、4、5歳年上の友達と砂場で野球をし、14歳のときには父親の製鉄所チームに投手として参加、17歳でセミプロでプレーした。50年6月20日、高校卒業の日に、ジャイアンツと6000ドルでサイン、プロ入りした。メジャー・デビューは51年5月25日、20歳のときだった。同じポジションのヤンキースのミッキー・マントルの4月17日(19歳)より1カ月遅れだったが、打率、本塁打、打点でマントルを少しずつ上回り、新人王に選ばれている。以後2人はMLBをけん引している。

 メイズを一躍有名にしたのは守備、通称「ザ・キャッチ」だ。54年のワールド・シリーズ第1戦、ニューヨークのポロ・グラウンズで行われた対インディアンス戦。8回裏2対2の同点。走者を2人置いてほかの球場なら確実に3ランホームランになったであろう打球が中越えに飛んだ。

 有名な実況アナ、ビン・スカリーは「少なくとも440フィート(約134メートル)は飛んだ」と言う。だが、その球場はホームプレートからセンターのフェンスまでの距離が455フィート(約138.5メートル)もあった。メイズは浅く守っていたのにもかかわらず、本塁に背を向けたまま全速力で走り、壁から数歩手前でボールに追いつき、左肩越しにキャッチ。すぐに体を反転させ、インフィールドにボールを投げ返した。

 ジャイアンツはこのイニングを無失点で切り抜け、延長10回にサヨナラ勝ち。モメンタムを得て、4連勝で世界一に輝いている。メイズのニックネームは「Say Hey Kid」。メイズが人々に対してよく「Say Hey!(ヘイ、やあ!)」と親しげにあいさつしていたことからきたもので、明るくフレンドリーな性格を表している。2015年11月24日にホワイトハウスで当時のバラク・オバマ大統領より大統領自由勲章が贈られた。

 これは行動や業績が、アメリカ社会に多大な貢献をもたらした人物に与えられるもの。オバマはのちに「ウィリーのような巨人がいたからこそ、大統領選挙に立候補しようと思えた」と明かしている。ジャイアンツの本拠地オラクル・パークにはメイズの等身大のブロンズ像が飾られている。

文=奥田秀樹 写真=Getty Images
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メジャーから発信! プロフェッショナル・アイデアの考察[文=奥田秀樹]

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