
現役時代は守備の人として活躍したフィリーズのフルドGM。26年の5月にビジネス部門の社長に就任することを前提にMBA取得を目指している。球界ではあまり聞かない話だが、新しい成功例となることで、現役を引退した選手がビジネスサイドに関わる事例が増え、セカンドキャリアの新しい選択肢ができるはずだ
このオフ、おやっと思ったことは、フィリーズのサム・フルドGMが、今年からペンシルベニア大学ウォートンスクールでビジネスを学び始め、MBA(経営学修士)取得を目指し、2026年5月に卒業、その後フィリーズのビジネス部門の社長に就任するというプランを耳にしたときだ。ご存じのように、MBAは経営やマネジメントに関する知識とスキルを学ぶための大学院プログラムで、経済学、マーケティング、ファイナンス、戦略、組織論、リーダーシップなど、ビジネスに必要な多様な分野の専門知識を習得する。
フルドGMはカブス、レイズなどで8シーズン598試合にプレーした外野手だ。走塁と守備が得意だが、打つほうはいまひとつ。通算打率.227、12本塁打だった。17年11月に現役を引退すると、フィリーズのフロントに入った。その後、ブルージェイズ、パイレーツ、レッドソックス、ジャイアンツなど多くの球団の監督候補として名前が挙がり、面接なども受けたが、20年12月にフィリーズのGMに昇進した。
彼の上司はマーリンズ、レッドソックスなどで世界一チームを作り上げたデーブ・ドンブロウスキー編成本部長。その後継者になると信じられていたが、フルドGMは野球部門ではなくビジネス部門に移ることになった。もともとスタンフォード大出身で頭は良いのだが、球界でこのようなケースはあまり聞いたことがない。本人は地元紙の記者に「この春にオーナーや編成本部長と話をした中で生まれたアイデア。最初は深く考えなかったが今はこの機会が魅力的だと感じている。ビジネスサイドで何が待っているのか、とても楽しみ」と抱負を口にしている。ちなみに他球団でもツインズのデレク・ファルビー編成本部長がビジネス部門の責任者も兼ねることになった。ひょっとしたら、今後はこういったケースが増えるのかもしれない。
1990年代ごろから、MLBの球団経営は潤う仕組みができていた。一つは移転をちらつかせながら、地方都市に税金を使って豪華な新球場を建てさせ、そこから上がってくる莫大な収益を手にすることができた。さらに地域のスポーツネットワーク(RSN)から巨額のTV放映権料を受け取れた。だが新球場建設ブームは過去のもので収益も落ち着いてきたし、近年のケーブルテレビ加入者の急激な減少で、現在はRSNの倒産が大問題となっている。
長年にわたり安定した収益を享受してきたMLB球団だが、今後は同じようにはいかない。これまでは野球部門の人々は試合に勝つことだけを考え、FA選手獲得に10~100億円が必要と球団にお願いするだけだったが、今後は野球部門のトップも数学や財務の正式な訓練を受け、組織として利益を上げることも考えていかねばならない。
ブルージェイズのCEOマーク・シャパイロはインディアンス(現ガーディアンズ)時代からこういった役割だったし、ジャイアンツの編成本部長になったバスター・ポージーもジャイアンツのパートオーナーでもある。スポーツがますますビッグビジネス化する中、財務担当者と野球担当者がよりよい協力関係を結び、指揮系統を統一する。これからは、こんな流れになるのかもしれない。
文=奥田秀樹 写真=Getty Images