
現地時間8月24日のドジャース対パドレス戦で、大谷翔平が45号ソロ本塁打を放った。大谷はベンチに戻る途中にわざわざ寄り道し、挑発を続けていたファンの前に立ち、鋭い視線を送った上でハイタッチを交わした。大谷の一振りと“異例”の振る舞いが、ひとりの野次将軍をファンに変えた
アメリカでは昔から、スポーツスターと野次を飛ばすファンとの間に数々の愉快なエピソードがある。2000年代、バリー・ボンズがホームランを量産していたころは、敵地で「ステロイド!」と連呼するファンに対し、バットをその方向に向けて「次はお前に打ち込むぞ」と挑発するような仕草を見せ、スタンドを爆笑させた。
NBAのチャールズ・バークレーはヤジ返しの達人で、観客から「太り過ぎだ!」と叫ばれると「お前のビール腹よりマシだ!」と切り返した。NFLのトム・ブレイディもまた、観客に「お前は終わった!」とヤジられると、ニヤリと親指を立て、その直後にタッチダウンパスを成功させ、テレビに映った観客は顔を覆って悔しがり、SNSで拡散された。
そして現地時間8月24日、ペトコ・パークで起きた大谷翔平と「野次将軍」ビリー・ジーンさんのエピソードも、その系譜に加わりそうだ。ジーンさんは、パドレスのスター選手
フェルナンド・
タティス・ジュニアのユニフォームを着て、ドジャースのダグアウト横、最前列に陣取った。
試合を通じてドジャースに罵声を浴びせ、とりわけ大谷を執拗に標的にした。シリーズで一本もヒットが出ていなかった大谷に向け、「次は10打席ノーヒットのヤツだから楽勝だ!」と叫び続けたという。
デーブ・ロバーツ監督は「本当にうるさかった。右耳の横でずっと叫んでいて迷惑だった」と苦笑して振り返る。しかし9回、大谷は
松井裕樹からシーズン45号となる409フィートの豪快な本塁打を放ち、8対2の勝利を決定づけた。その瞬間、観客席は静まり返った。
そして普段は温厚な大谷が、この日ばかりは違った。ベンチに戻る途中にわざわざ寄り道し、挑発を続けていたジーンさんの前に立ち、鋭い視線を送った上でハイタッチを交わしたのだ。ロバーツ監督は「翔平らしくない行動だったけど、そのファンは試合中ずっといじり続けていた。だから自分からハイタッチに行ったのはよかった。翔平の人間味を見られて最高だった」と語った。
翌日、現地メディア「ドジャース・ネーション」のダグ・マッキャン記者がジーンさんとコンタクトを取り、インタビューを行った。広告関係の仕事をしているという彼は、実は大谷のことをよく知らなかったという。義理の兄から「オオタニは野球界のマイケル・ジョーダンだ」と教えられ、標的にしたと明かした。
ジーンさんが感激したのは大谷が本塁打直後に加え、試合終了後のチームメートとのハイタッチを終えた後も、もう一度ジーンさんの下に寄り、再びハイタッチ、さらに投げキスまでして去っていったことだ。ジーンさんは笑顔でこう語った。
「俺はパドレスの大ファンだから気持ちは変わらないけど、大谷のことを好きになったよ。めちゃくちゃ挑発的だったけど、最高に面白かった」
最後に印象を問われると、「リスペクトだね。彼は俺を黙らせたし、文句なしにマスターだし、心から尊敬している」と称賛した。大谷の一振りと“異例”の振る舞いが、ひとりの野次将軍をファンに変えている。
文=奥田秀樹 写真=Getty Images