
ABS[自動判定チャレンジ制度]導入によってわずかな差で判定が変わり、試合の流れが大きく変わる場面が増えた。判定が覆る場面は開幕から変わらず55%前後を維持しているが、挑戦することに対する価値は大きくなっている
今季から導入されたABS(自動判定チャレンジ制度)は、大きな注目とともにスタートした。シーズンの約半分を終えた現在、その評価はある程度定まったと言っていいだろう。試合の流れを大きく止めることなく、判定の正確性を高める制度として機能している。
「ベースボールサーバント」によると、現地時間6月22日までのチャレンジ総数は4844回。そのうち2582回で判定が覆り、2262回は維持された。成功率は53%。2回に1回以上は最初の判定が修正されている。興味深いのは、打者と守備側で結果に差があることだ。打者側の成功率は48%だったのに対し、捕手や投手による守備側は58%。毎日150球前後を受け、ストライクゾーンを見続ける捕手の感覚のほうが、打席で瞬時に判断を迫られる打者より正確であることが数字にも表れている。
ただし、状況によって成功率は大きく変わる。走者なしでは全体で55%だった成功率が、満塁では42%まで下がる。フルカウントではさらに低く38%しかない。これは単純に選手の目の問題ではなく、状況の違いが大きく影響していると考えられる。
例えば9回二死満塁で見逃し三振となれば、そのまま試合終了。そうした場面では成功率が低いと知っていてもチャレンジの価値がある。重要な局面ほど、選手は成功率ではなくリターンを重視している。
さらに興味深いのは、シーズンが進んでも成功率がほとんど変わっていないことだ。開幕直後も現在も全体成功率は53.55%前後。経験を積めば成功率も上がると思われていたが、そうはなっていない。理由は単純だ。チャレンジされる球のほとんどがストライクゾーンの境界線上にあるからだ。当然のように真ん中のストライクや明らかなボールでは誰もチャレンジしない。人間が見極めるのが最も難しい数ミリ〜1、2センチ程度の判定が対象となる。
何百回経験しても、人間の認識能力には限界がある。そんな中で興味深い数字を残しているのがドジャースだ。打者側は75回チャレンジして41回成功。成功率55%はリーグ平均の48%を大きく上回る。
ムーキー・ベッツ、
フレディ・フリーマン、
大谷翔平らが「今のはボールだ」と感じた球は、高い確率で正しいことになる。
一方で守備側も77回中48回成功の62%。こちらもリーグ平均58%を上回る優秀な数字だ。ところが対戦相手チームとの収支を見ると不思議な現象が起きている。攻撃側のチャレンジ収支(Net Overturns)はプラス10.0でリーグ上位。一方、守備側はマイナス1.7でリーグ18位なのである。
つまりドジャースの投手と捕手は十分に判定を覆しているにもかかわらず、それ以上に対戦相手に覆されているということ。ここで一つの仮説が浮かぶ。野球界では昔から、一流打者は境界線の判定で審判から一定の敬意を払われると言われてきた。長い歴史の中で多くの野球関係者が語ってきた現象である。ABSはそうした「人間的な補正」を排除する。
ドジャースの守備側が高い成功率を残しながらも、対戦相手にそれ以上の判定を覆されている事実は、一流打者を多く抱えることと無関係ではないのかもしれない。現時点で因果関係を証明する明白なデータはないが、今季のドジャースは、ABS時代の新たな現実を映し出すチームになっているのかもしれない。
文=奥田秀樹 写真=Getty Images