昭和生まれのレジェンドの皆さんに、とにかく昔話を聞かせてもらおうという自由なシリーズ連載。「平成の大投手」こと、巨人のエースだった斎藤雅樹さんの2回目は、ブレーク前夜の下積み時代のお話を伺いました。 文=落合修一 
斎藤雅樹
河合奈保子に捧げた青春
──斎藤さんは歌手の河合奈保子さんのファンだったんですよね。その話も聞きたいのですが。
斎藤 いいですね。一番好きだったのは高校野球をやっていたときですよ。日本橋高島屋の屋上でやった握手会に行きましたし、神奈川県民ホールのコンサートにも行ったことがあります。今で言う「推し」だったわけですね。
──デパートの屋上のイベントって、土日が多いですよね。野球部の練習はなかったのですか。
斎藤 ありました。だから、練習を休んで、行っちゃったんですよね。そのくらい、緩い野球部でした。部員何人かで行ったのですが、「あいつらはどこに行ったんだ」と残った人は怒られたそうです。
──サボった人を怒ればいいのに、練習に出た人が怒られるとは……。
斎藤 まあ、追っ掛けと言うほどではなかったのですが、そういう現場に行くくらいにはファンでしたね。
──相当なファンだったのですね。レコードは買っていましたか。
斎藤 もちろん。自宅の自分の部屋にポスターも貼っていましたよ。『明星』『平凡』『近代映画』と言ったアイドル雑誌も買っていました。
──『近代映画』という雑誌、ありましたね。
斎藤 あったでしょ。買っていたなあ。プロに入ってからかな? プロに入ってからもしばらく、大ファンでしたから。さすがに、プロに入ってからはプロの練習をサボったことはないですよ。そういうのは高校時代のときだけです。僕はもともと・・・
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