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レジェンドを訪ねる 昭和世代の言い残し

小川淳司(元ヤクルトほか)インタビュー<4>ヤクルトから日本ハムに移籍「引退するつもりだったのに……」

 

昭和生まれのレジェンドの皆さんに、とにかく昔話を聞かせてもらおうという自由なシリーズ連載。ヤクルトで監督、GMなどを務めた小川淳司さんの最終回は、日本ハムで過ごした現役最終年のことと、現在の心境について伺いました。
文=落合修一

小川淳司


土橋監督に呼ばれて日本ハムに移籍


──1990年に就任した野村克也監督時代の思い出は。

小川 神宮での巨人戦(90年4月28日)、8回裏に1対3でリードされていて、相手投手は宮本(宮本和知)でした。僕はその前に四球、三振、三振。二死一塁から打席に行く前に野村さんに呼ばれたんです。「おまえ、何年野球をやっているんだ。山倉(山倉和博=捕手)の性格を考えろ。前の打席は初球が真っすぐ。その後は真っすぐが来ると見せかけて全部カーブだったから、次はカーブを狙っていけ」。僕は「真っすぐを打ったら怒られるよな」と思いながら打席へ行ったんです。初球、真っすぐがスーッと来たように見えたのですが、「打ったら怒られちゃうよな」と思って見逃して。カーブを狙いにいったら、3球カーブが続いたんですけど、全部ボールだったんです。カウントは1-3。またカーブが来て手を出したのですが、引きつけ過ぎてファウルになったんですよ。「これじゃダメだ。前で打たなきゃ」と思ったら、フルカウントからまたカーブが来たんです。それが同点本塁打になったんですよ。帰ってきたら野村さんがニヤッと笑っていて、すごく記憶に残っていますね。「野村さんってすごいな」って。それまでも、ミーティングでいろいろ黒板に書いて説明されて、「すごいな」と思っていましたけど、自分が当事者として初めて実感したわけでしたからね。

──92年に日本ハムに移籍した経緯は?

小川 91年まで10年ヤクルトでお世話になって、91年秋に「来年からスカウトでどうだ」という話をいただいて、「よろしくお願いします」と返事をしていたんですね。それから12月まで連絡が来なかったんですけど、12月になったら角盈男さんが日本ハムからヤクルトにトレードされることになり、「日本ハムの新監督の土橋(土橋正幸)さんが交換相手におまえを欲しがっているから行ってこい」と言われました。僕はスカウトになる気だったし、いったんは断ったんですけど、「勉強だと思って、行ってこいよ」と。

──84年途中から86年までヤクルト監督だった土橋さんに呼ばれたわけですね。ご本人としては現役引退したつもりだったんですか。

小川 そうです。気持ちも完全に切れていたのに。で、日本ハムに移籍したら、土橋さんの野球は、ヤクルト時代と何も変わっていませんでした。打者の三振を極端に嫌い、攻守交代は全力ダッシュ。日本ハムの選手からは不評でしたね。

──日本ハムが、ヤクルトと違うなと思った点は。

小川 選手が強い。ヤクルトはコーチの影響がすごく強くて、選手が物を言う空気はなかったんですけど、日本ハムでは・・・

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