週刊ベースボールONLINE

あの日、あのとき、あの場所で 球界の記念日にタイムスリップ

<1992年9月11日>歓喜のサヨナラ2ランが暗転、6時間26分の延長15回ドロー。「90年代の阪神優勝」も幻に?

 

9回裏に「サヨナラ2ラン」を放って大喜びでホームインした阪神・八木[右]だったが、本塁打の判定はエンタイトル二塁打に変わった


「暗黒時代」に唯一、Vの望みがあった年


 2018年にリクエスト制度が導入されるまで、NPBの試合で審判の判定が覆ることはめったになかった。リプレー映像が限りなく「クロ」であっても、である。ある審判などは後日明らかな誤審を示す写真を見せられても「写真のほうが間違っている」と言い放ったほどで、それだけ審判が一度下した判定は重いものだった。

 そんな判定が、怒号の嵐の中で覆った試合があった。しかもシーズン終盤、激しい優勝争いの真っただ中でだ。30年以上経った今でも阪神ファンの間で語り継がれる「誤審」があったのは、1992年9月11日のことであった。

 87年、前々年の日本一がウソのように負け続けた阪神は首位と37.5ゲーム差の最下位に転落すると、長きにわたる低迷期を迎えた。オフに星野仙一が監督となった2001年までの15年間で、阪神は14回のBクラス。うち最下位は10回を数えた。球史に残る暗黒時代であった。

 その中で、ただ一度だけ「ダメ虎」が輝いた年があった。1992年である。仲田幸司中込伸湯舟敏郎といった投手陣が奮闘し、亀山努新庄剛志の「亀新コンビ」が打線を引っ張った。その勢いは球宴後も衰えず、9月に入ってもチームは優勝圏内にあった。

 そんな阪神の前に強敵として立ちふさがったのがヤクルトである。78年の初優勝以来低迷が続いていたヤクルトだったが・・・

この続きはプレミアムサービス
登録でご覧になれます。

まずは体験!登録後7日間無料

登録すると、2万本以上のすべての特集・インタビュー・コラムが読み放題となります。

あの日、あのとき、あの場所で

あの日、あのとき、あの場所で

球界の記念日にタイムスリップ

関連情報

新着 野球コラム

アクセス数ランキング

注目数ランキング