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あの日、あのとき、あの場所で 球界の記念日にタイムスリップ

<1980年10月7日>パの公式戦で後楽園が満員札止め。日本ハムのスーパールーキーを近鉄が打ち砕いた「10.7」決戦

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後楽園球場に5万人[主催者発表]が集まり、満員札止めになったのはパ・リーグの公式戦としてはこの日が史上初だったという


日本ハムが勝てば後期優勝が決定


 午後6時半開始の試合を前に後楽園球場のA指定席が売り切れたのは、午後1時45分のことだった。残りの指定席も午後5時までには売り尽くされた。開場を待つ長い行列はスタジアムを半周し、関係者は初めて見る光景に目を丸くした。

 試合が始まってもなおチケットを求め殺到するファンに向けて「もう入場はできません」というアナウンスが始まったのは午後7時20分。5万人の観客で、場内には立錐の余地もない。満員札止め。パ・リーグの試合としては初めてのことだったという。

 その日、1980年10月7日。後楽園球場で日本ハム対近鉄戦が行われた。日本ハムにとってのシーズン最終戦に当たる。この一戦に勝つか引き分ければ、日本ハムは後期優勝が決まった(当時パ・リーグは前後期制)。一方、対戦相手の近鉄も、この試合を含め残り3戦に全勝すれば逆転で優勝する。どちらにとっても絶対に負けられない「剣が峰の一戦」であった。

 試合を前に、日本ハムの大沢啓二監督は分厚い封筒(オーナー賞)を選手たちに見せて言った。

「おめぇら、これ持ってけよ!」

 日本ハムの先発は高橋一三、近鉄の先発は鈴木啓示。ともに実績十分のベテラン左腕である。高橋は巨人時代の73年、勝てば優勝が決まるシーズン最終戦に完封勝利を挙げている。中3日の登板だったが・・・

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