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あの日、あのとき、あの場所で 球界の記念日にタイムスリップ

<1989年5月16日>「火の国」で燃えた! 放出された怨念を秘め、古巣・巨人からの初勝利

 

西本が中日に移籍してから6試合目、巨人戦に限ると2試合目の先発となった5月16日、7回3失点で勝利投手に。この時点でシーズン4勝目[1敗]であり、防御率1.66と好調を維持していた


ライバル・江川の引退で燃え尽きた?


 1980年代、巨人には「2人のエース」がいた。江川卓西本聖である。作新学院高、法大で輝かしい実績を残し、ドラフト1位指名を受けること3回。高めに伸びる剛速球で三振を奪う「怪物」江川と比べ、1歳下の西本は、あらゆる意味で対照的な存在だった。

 アマ時代に目立った実績はなく、松山商高からの入団はドラフト外だった。目を見張るような速球も持っていない。しかし、誰よりも負けず嫌いだった西本は、チームメートとの付き合いを控えてまで猛練習を積み、徐々に実力を身に付けていった。代名詞となった威力あるシュートを臆することなく打者の内角に投げ込み、凡打の山を築いた。

 80年から87年までの8年間で稼いだ勝ち星は、江川が126勝で西本は102勝。シーズン成績こそ毎年少しずつ劣ったが、西本が江川と並び巨人投手陣の中核を担う存在であったことは間違いなかった。江川への強いライバル意識が、活躍の原動力だった。

 そんな時代も、13勝を挙げながら肩痛を理由に87年限りで江川が引退したことで終わりを迎える。投手コーチとの確執もあってこの年8勝にとどまった西本は、江川引退で張り合いをなくし、翌88年はわずか4勝に終わった。桑田真澄槙原寛己といった次世代の台頭があった。また、猛練習ぶりがチームの和を乱すとマスコミが書き立てた。そういったことが重なり、32歳のベテランは巨人での居場所を失いつつあった。

 そして88年11月、西本は中日へのトレード通告を受ける。巨人に強い愛着を持っていた西本は・・・

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