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あの日、あのとき、あの場所で 球界の記念日にタイムスリップ

【1979年2月8日】江川の巨人入りを事実上進めたコミッショナーが辞任を表明。あの“要望”がなかったら球界は?

 

金子コミッショナーは曲がったことが大嫌いな硬骨漢だったが球界全体の将来を考え、江川の巨人入りを認めるしかなかった。だから辞任した


「江川事件」で「強い要望」


「ただいま、江川君と契約いたしました」

 巨人の正力亨オーナーが、急遽(きゅうきょ)開いた会見でそう発表したのは、1978年11月21日のことだった。「江川君」とは、剛速球を武器に作新学院高、法大で奪三振の山を築いた「怪物」江川卓のことである。江川は77年秋のドラフト会議でクラウンライターライオンズ(現西武)から1位指名を受けていたが、巨人入りを熱望していたことから入団を拒否し、この時点で浪人生活を送っていた。その評価は依然として高く、翌22日に開かれるドラフト会議でも目玉と言われた投手だった。

 その江川と、ドラフト前日に巨人が契約したとはどういうことか。巨人の理屈はこうだ。野球協約上、クラウン(西武)の単独交渉権はドラフト前々日の20日をもって失効している。つまり、ドラフト前日の21日に限り江川の身分はフリーであり、契約は問題ないというものだった。いわゆる「空白の一日」事件が、こうして幕を開けた。

 球界に激震が走り、世間は騒然となった。単独交渉権がドラフト会議前日ではなく前々日で失効するというのは、単に移動日を考慮したからに過ぎない。法の盲点を突くような巨人のやり方は、明らかにドラフトの精神を踏みにじるものだった。

 早速巨人は、江川の選手登録を認めるようセ・リーグに要請する。しかし・・・

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