【1984年5月29日】サブマリンが9回二死から無安打無得点試合を再び逃す。しかし、悔しさはなし

  • 当日の試合の写真は弊社に残されていない。こちらは1984年、川崎球場で勝利投手になったときの仁科[左は当時のロッテ・稲尾和久監督] 1回目は83年8月20日、川崎  1970~80年代のプロ野球を代表するアンダースローと言えば、阪急(現オリックス)の山田久志をおいてほかにはいないだろう。最多勝3回、最優秀防御率2回、20勝以

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