
1997年6月25日の日本ハム戦[東京ドーム]の4回表、イチローは2球で追い込まれ、ファウル、ファウルの次の5球目を空振り。連続打席無三振記録が途切れた
2カ月以上、三振をしない
竹清剛治という右腕投手がいた。1997年、三菱自動車京都からドラフト2位で
ロッテに入団。ストレートには威力があったが、肩のケガもあって実働4年、通算6勝に終わっている。
そのルーキーイヤーとなった97年、4月16日の
オリックス戦(ナゴヤドーム)で、竹清は先発のマウンドに上がった。3回裏だった。三番で出場したイチローと対峙(たいじ)した竹清は、2球で2ストライクを取ると、3球目にフォークを投げた。イチローのバットが空を切る。3球三振であった。とはいえ、さすがはイチローと言うべきか、6回裏の第3打席では竹清からセンターオーバーの適時二塁打を放っている。
何事にも始まりがあり、終わりがある。竹清からの適時打が、この場合は「始まり」だった。
「安打製造機」と呼ばれた巧打者は、プロ野球史上に何人かいる。バットコントロールに秀でた彼らは、誰よりも多くの安打を記録することで、自らの価値を証明した。94年から7年連続で首位打者に輝いたイチローは、言うまでもなくその1人であり、実績で見れば究極の存在だろう。
そのバットコントロールが極限まで研ぎ澄まされたとき、ある種の逆転現象が起きる。仮にヒットが出なくとも、その打者が至高の存在であることを、人は再認識するのだ。例えば・・・
この続きはプレミアムサービス
登録でご覧になれます。
まずは体験!登録後7日間無料
登録すると、2万本以上のすべての特集・インタビュー・コラムが読み放題となります。
登録済みの方はこちらからログイン