落合が山田を得意とするようになった分岐点があった。初めて三冠王を獲得した1982年に、西宮で開催された4月29日の試合。山田は通算200勝に王手がかかっていた。対する落合はロッテの三番打者。現在のパ・リーグと違って観客席は寂しかったが、プロ同士の技術がぶつかった──。 文=キタトシオ[野球史研究家]
※週刊ベースボール2023年5月8日号掲載の「あの日あのときあの場所で第4回」を加筆修正 
通算200勝を完投で達成した山田だったが、落合から3本塁打を浴びて苦笑い
前年は9打数1安打
「2人の対決の一球一球を克明に図解し物語っていけば、きっといい読み物になるはず」。かつてロッテの
落合博満はそう語ったことがある。
2人とは、落合自身と阪急の
山田久志のことである。ともに秋田県出身。年齢は山田が落合の5歳年上にあたる。落合がドラフト3位でロッテに入団したのは1979年。25歳のときだった。この年落合は代打を中心に36試合しか出場していない。一方山田は21勝で最多勝。リーグを代表する下手投げのエースだった。
山田の武器は、ストレートと同じ球速ながら打者の手元で沈むシンカー。マスターした76年には26勝を挙げて、最多勝とMVPを獲得している。それは並みいる強打者たちを苦しめた、絶対的な決め球だった。
山田にはプライドがあった。それは一定のレベルに達していない打者にはシンカーを投げないというもの。しかし・・・
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