
前年に圧倒的な成績で投手5冠を獲得した全盛期の巨人・江川だったが、この日はプロ入りして初めて4点リードを守れなかった。結果的にこの年、巨人は0.5ゲーム差でペナントを逃す
「今日もやられたな」(星野仙一)
1982年9月28日、ナゴヤ球場。
中日の投手・
星野仙一がブルペンに入ったのは、9回表の巨人の攻撃が終わった直後だった。このとき、星野は35歳。74年には沢村賞に輝く活躍で優勝に貢献した往年のエースも、加齢による力の衰えは隠せず、すでに主力の座からは退いていた。
試合は6対2と巨人が4点のリード。そして9回裏のマウンドには「怪物」と呼ばれた男が立っていた。投球練習をしながら、星野は思った。今日もいつものように江川にすんなりやられたな……。
シーズンは終盤。8年ぶりの優勝を目指し、巨人を2.5ゲーム差で追う中日からすれば、絶対に落とせないはずの一戦。だが最後の攻撃を前にして、勝負はすでに決まったも同然だった。
「怪物」
江川卓は、入団4年目のこのとき、プロ野球選手としての全盛期にあった。81年には、いずれもリーグトップの20勝、防御率2.29、勝率.769、7完封、221奪三振をマークして投手5冠を達成。82年も、ここまで18勝を挙げていた。中日相手には5勝(3完封)2敗と相性は抜群。実際この日もストレートとカーブが冴(さ)え、8回までに9個の三振を奪った。
加えて、もう一つ。江川はそれまで通算120試合に登板していたが、4点差を追いつかれたことは、ただの一度もなかった。「神話」にも等しい、まさに怪物的な記録と言えた。
だが、どんな記録もいつかは終わりが訪れる。星野は、負けを確信していたはずのこの日の試合について、83年にこう書いている。「10年後、20年後も『こんな信じられないゲームがあった』と語り継がれるだろう」と。
9回裏、先頭打者の代打・
豊田誠佑には・・・
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