横浜スタジアム移転後の1期生
大洋ホエールズ(現横浜DeNAベイスターズ)が、川崎球場から竣工したばかりの横浜スタジアムに本拠地を移したのは、1978年のことである。同時に球団名を横浜大洋ホエールズに改め、ユニフォームのカラーも従来の緑とオレンジから白とマリンブルーに一新された。
チームの再出発となったこの年、「横浜1期生」として東海大からドラフト3位で入団したのが
遠藤一彦である。大学通算28勝。184cmという高身長から真っすぐ腕を振り下ろす本格派右腕であった。
1年目は1勝に終わるも、下半身を強化したことで球速が上がり、春季キャンプでフォークを習得した79年に、その才能が開花する。シーズン当初は先発、途中からは抑えに回って12勝8セーブをマーク。1学年上で、78年には16勝を挙げていた斉藤明雄(のち明夫)とともに、大洋の未来を担う投手として期待を集める存在になった。
遠藤には、特別に闘志を燃やす投手がいた。同じ55年生まれの
江川卓(
巨人)である。東海大4年時の明治神宮大会決勝では法大のエースだった江川と投げ合い、3対5で敗れていた。いわば因縁の相手だったが、実績や注目度は常に江川が上回っていた。
82年9月21日(横浜)。そんな「怪物」に、遠藤は3度目の対決で初めて投げ勝った。スコアは3対2。巨人打線から13個もの三振を奪う完投勝利であった。これで自信を持った遠藤は、以降江川と堂々と投げ合うことができるようになったという。合計11度繰り広げられた2人の直接対決は、遠藤の5勝4敗だった。
プロ入り後初めて先発に専念した82年、遠藤はチームトップの・・・
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