
「感動」や「ほっこり」が夏の甲子園の問題点を曖昧にしてはいなかったか?
この夏、ついに『熱闘甲子園』(テレビ朝日系)を見なかった。具体的にいえば、この20年ほど、ずーっと好き過ぎた『熱闘甲子園』を、ついに見る気分になれなかった。
広陵高校の暴力事件や、酷暑の問題に代表される夏の甲子園が抱える深刻な問題が、いよいよ大きくなり過ぎて、『熱闘甲子園』ぐらいでは、問題意識を浄化することができないという感覚に陥ったのだ。
そう、この20年間『熱闘甲子園』は私の心を浄化し続けた。特に最終回のハイライト映像を見て、泣いた瞬間、夏の甲子園にまつわる面倒ごと、ややこしごとへの思いが、まぶたからきれいに流れ去っていた。
今から思うと・・・
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