パ・リーグを戦う西武の最大のストロングポイントである投手陣。近年、急速に力をつけてきたが、その裏には一体、何が隠されているのか。ライオンズ投手王国への道を追う――。 取材・文=中島大輔 写真=高塩隆 
6月16日現在、リーグ1位の82奪三振と今季はさらに投球に磨きがかかっている今井
鴻江トレーナーの門をたたいて
西武に入団して8年目の今季、低迷するチームで先発陣の柱になっているのが
今井達也だ。
「今、
佐々木朗希(
ロッテ)の次にいい球を投げているのが今井です」
今季序盤、MLB球団のあるスカウトがそう評していたほどだ。
今井は作新学院時代の高3夏に甲子園優勝投手となり、2017年ドラフト1位で西武に入団。2年目から先発を任されるなど高い潜在能力を見せた一方、安定した投球をなかなか続けられなかった。
一体どうやって殻を破ったのか。今季2勝目を飾った4月19日の
楽天戦(ベルーナ)のあと、囲み取材でカギになる言葉を残している。
「二塁ランナーがいるときが、あまり得意じゃないんですけど……」
この日、唯一の失点をそう振り返った。得点圏に走者を背負うと失点のリスクが高まるからプレッシャーを感じるのだろうか。記者に聞かれると今井はこう答えた。
「二塁ランナーがいるときが、一番立っている姿勢が崩れやすいので。専門的なところなので難しいですね」
姿勢と聞き、ピンと来て尋ねた。
――それは鴻江(鴻江寿治)先生の教えにつながっている部分ですか?
「全部そうです」
今井は即座に首肯した。やはり、彼の覚醒と関係のある内容だ。
翌日、試合前の練習を引き揚げてロッカールームに帰る今井の横を歩きながら、前日の続きを質問した。
――二塁走者のいるときが姿勢が崩れやすいというのは、二塁走者を見る動きはホームと逆方向になるからその影響が出るということですか?
「そんな感じです。どっちかって言うとサードとファーストのラインで、体のラインというか、軸をつくるので。二塁ランナーはセンターとホームの軸にいるので、(自分の軸が)崩れやすくなりますね」
立っている姿勢は投球動作のスタート地点であり、投手にとって極めて大事だ。今井がそこに行き着き体の効果的な使い方を深く追求し始めたのは、
千賀滉大(メッツ)や
菅野智之(
巨人)も学んだ鴻江トレーナーとの出会いがきっかけだった。
「三軍バッテリーコーチ兼ブルペンキャッチャーの
荒川雄太さんなど、鴻江(寿治)先生にお世話になった方に『行ってみたら?』と話していただいたのが始まりです」
今井は23年の自主トレ期間に鴻江トレーナーの門をたたき、同氏の理論で自分は体の右半身に比べて左半身が強い「あし体」と知った。体の使い方を見直し、同年に自身初の10勝を記録、今季初の開幕投手を託された。
血糖値を調べて睡眠の質を改善
昨今、今井のように外部のトレーナーやアナリストなど専門家に指導を受けて飛躍のきっかけをつかむ投手が少なくない。西武で言えば
平良海馬は
菊池雄星(ブルージェイズ)も師事する清水忍トレーナーやデータ解析のネクストベース社と契約してレベルアップにつなげている。
スマホで各種情報を得られる今、選手たちは少しでも良くなろうとさまざまなヒントを探し求めている。半面、選手が外部指導を受けることを嫌がる球団もあるが、西武のスタンスは異なる。球団のアイデアマンとして環境改善を進める市川徹企画室室長が説明する。
「基本的な考え方としてプロ野選手は業務委託者なので、球団から『これをやってはダメ』とNGを出すことは一切ないです。とはいえ球団として外部に出ていかれないように、スタッフ自身がいろんな引き出しを出すような活動をやっていかなければいけないといつも話しています」
10球団がキャンプインを翌日に控える今年1月31日、6日後に春季キャンプをスタートさせる西武は首脳陣と現場スタッフの約130人を埼玉県内のホテルに集めてトレーニング、投球、打撃、組織論などの勉強会を7時間半開催した。
指導者が最新理論を学ぶ機会を球団として設ける一方、各種外部機関と手を組み選手の成長を少しでも引き出そうとしている。その一つが、「血糖値でメンタルを読む」という研究をする東洋大の加治佐平特任准教授との取り組みだ。
「血糖値が食事で上下するのはイメージできると思いますが、数値の変動から睡眠の質やストレス、メンタル、アドレナリンも見えるんです」
具体的にはパッチを腕に2週間つけ、血糖値の変化から緊張や興奮を読み解く。例えば就寝時に神経が昂(たかぶ)っているか、試合本番でアドレナリンがどれらくらい出ているかなどが分かるという。
西武では22年、ファームで興味を持った約10人に実施。その中で有効に作用した一人が、当時ルーキーの
隅田知一郎だった。
開幕先発ローテーション入りした隅田は初登板初勝利を飾るも、その後は打線の援護にも恵まれずに10戦7敗で登録抹消。二軍在籍時に血糖値を調べると夜中に上昇が見られた。
もしや、寝る前にアイスを食べているのではないか――。
加治佐特任准教授の推察をチームスタッフが確認すると、隅田は否定した。血糖値上昇の原因は人気ゲーム『大乱闘スマッシュブラザーズ』をしていたことだった。
「本人によると『スマブラは声が出ます』というくらい興奮する、と。血糖値は甘いものを食べても、興奮しても上がります。いずれにせよ、睡眠には良くない。当時の隅田投手は、ノンレム睡眠とレム睡眠の睡眠サイクルがきちんとしていませんでした」
就寝前の時間を良質な睡眠につなげるには、興奮するゲームより心が落ち着くもののほうがいい。加治佐特任准教授がそう勧めると、隅田は『ワンピース』を見るように変えて睡眠の質も改善されたという。
「普段からできるだけ寝られる時間は増やそうとしています。でも当時は自分の楽しみをしっかりつくるのもすごく大事なことだったので……。ゲームを控えてから、よく眠れるようになりました(笑)」

6月12日の広島戦[ベルーナ]では99球で完封勝利を遂げた隅田。年々、成長を示している
疲労の回復に睡眠が大切なことは誰もが知っているはずだが、その質を改善するために血糖値まで測る選手は希だろう。だからこそ球団で実施することに意味がある。
こうした取り組みも近年、西武投手陣の成長の背景に存在している。