
イラスト=イワヰマサタカ
日本職業野球連盟発足1年目の1936年のシーズン、大阪タイガースが袖を通した3着のユニフォームのうち、
前回は白地とグレー地の縦縞を紹介したが、今回は3着目のグレーだ。実はこれだけがタイガースの戦前のユニフォームで唯一、現存している。愛媛県松山市の生涯学習センターの「愛媛人物博物館」に
森茂雄初代監督のユニフォームが保管されているのだ。
関西大学のOBで職業野球団創設を計画していた田中義一と中川政人の2人が、
阪神電鉄事業課係長の富樫紘一に話を持ち込んだのは35年の春だった。球団創設にはそれ相応の予算が必要で、話はすぐには進まなかったが、9月になってようやく具体的な動きが始まった。10月1日に大阪市北区堂島の江商ビル4階に球団設立準備室を開設。選手集めや監督の人選がスタートする。監督人事は当初、予定していた人物の就任が難しくなり、人選は一からやり直しとなる。そして浮上したのが、この年の夏の甲子園大会で優勝した松山商業の森茂雄コーチだった。
選手獲得交渉で面識もあり、話はすぐに進んだ。12月1日に監督就任が決定する。森監督の誕生で実現したのが・・・
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