
イラスト=イワヰマサタカ
日本職業野球連盟(現NPB)の創設は1936年。大阪タイガースは4月19日に甲子園球場で結成披露試合を行った。相手は東京セネタースで、4対1で勝利。幸先の良いスタートを切る。連盟の興行試合は4月29日から始まり、当初は大相撲の巡業のように、各地の球場に球団が集結しトーナメント戦を行い、大会ごとに優勝を決めていた。
しかし秋から大会を総当たりのリーグ戦に変更。各大会の勝利チームには勝ち点1が与えられ、優勝は秋季全体で決める形となる。ただし各大会は短期のリーグ戦なので、勝率1位が2チーム並ぶことも多かった。この場合、勝ち点は2チームで分けあい0.5とした。その結果、タイガースと東京ジャイアンツが勝ち点2.5で並んだ。両チームは12月9日から3日間、東京の洲崎球場で秋季優勝決定シリーズを戦うが、残念ながらタイガースは1勝2敗で敗れた。
翌37年になると日本職業野球連盟は東京六大学など学生リーグのスタイルを取り入れ、春季と秋季の2シーズン制のリーグ戦を採用した。
タイガースはシーズン突入前の2月12日からキャンプイン。ジャイアンツの
沢村栄治らの剛速球対策で、投手板よりも前から投手に全力投球させる打撃練習を繰り返した。
しかし・・・
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