
イラスト=イワヰマサタカ
日本職業野球連盟が2年目に突入した1937年。チームの屋台骨が大きく揺らぐ事態に陥ったのが名古屋軍だった。総監督の役割を果たした河野安通志が既定方針どおりに新設球団イーグルスに移籍。河野が集めた選手たちもともに移籍を希望。契約に応じなかった。
もともと後楽園球場建設とイーグルス創設に動いていた河野だが、名古屋軍創設時にチーム編成が進まず、頼まれて、急遽、総監督のような立場の重役に就任した経緯があった。
河野は自分自身のネットワークを駆使して選手を獲得する。特に米国からの
バッキー・ハリスや日系二世選手の獲得は河野ならではの妙手だった。その結果、名古屋軍は7球団中秋季4位の成績を収めている。
だが、河野の移籍で、主力選手もごっそり抜けてしまった。
そこで名古屋軍は・・・
この続きはプレミアムサービス
登録でご覧になれます。
まずは体験!登録後7日間無料
登録すると、2万本以上のすべての特集・インタビュー・コラムが読み放題となります。
登録済みの方はこちらからログイン