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綱島理友のプロ野球ユニフォーム物語

プロ野球ユニフォーム物語 第19話「消滅球団編 Vol.5」

 

イラスト=イワヰマサタカ


 日本職業野球連盟(現NPB)創設1年目の1936年。初の公式戦の開幕は7月1日だった。春ではなく7月になったのは、東京ジャイアンツがアメリカ遠征に出ていて、帰国したのが6月だったからだ。そのため加盟7球団がそろった7月から公式戦が開始されたのである。

 しかしジャイアンツを除く6球団はプレシーズン・マッチのような形で、4月から各地の球場でリーグ戦やトーナメント大会を行っていた。以前にも書いたが、当時は大相撲の場所みたいに、各球場の大会ごとに優勝が決まった。この時期、圧倒的に強かったのが東京セネタースだ。甲子園、鳴海、宝塚の各球場で行われた大会すべてで優勝を飾っている。

 セネタースのオーナーは競馬の有馬記念で知られる貴族院議員で伯爵の有馬頼寧。球団社長には有馬の実弟で、同じく貴族院議員で子爵の安藤信昭が就任した。球団代表は詫摩治利。母校・前橋中学の先輩、東京ジャイアンツの鈴木惣太郎の紹介で、セネタース創設に加わった。もともとは弁護士だが・・・

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綱島理友のプロ野球ユニフォーム物語

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職業野球として日本のプロ野球が創設された戦前の時代から、プロ野球で使用されたユニフォームすべてを網羅した図鑑が完成するような連載

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