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綱島理友のプロ野球ユニフォーム物語

プロ野球ユニフォーム物語 第21話「読売ジャイアンツ編 Vol.4」

 

イラスト=イワヰマサタカ


 日本職業野球連盟創設2年目の1937年。7月に中国で盧溝橋事件の戦火が上がり日中戦争が本格化した。日本政府はそれまで25万人だった陸軍の規模を4倍の100万人に増員する方針を打ち出し、徴兵を開始する。東京ジャイアンツでは永沢富士雄三原脩中島治康沢村栄治内堀保倉信雄筒井修中山武山本栄一郎ら主力選手が次々と召集された。この事態に球団代表の役割を果たしていた専務の市岡忠男は、兵役には少し時間のある中学(旧制)4年生を対象にした補強策を打ち出した。

 市岡は全国を10カ所の地域に分け、各地に築いていた人脈を駆使。情報を集めた。そして獲得したのが、四国では松山商の千葉茂と高知商の岩本章、関西は滝川中の三田政夫、平安中から法政大に進学したが中退し、母校のコーチをしていた内海五十雄、名古屋は享栄商の野村高義、そして九州では熊本工から川上哲治吉原正喜のバッテリーだった。

 川上哲治と吉原正喜に関してはジャイアンツのアメリカ遠征でビジネス・マネジャーを務めていた鈴木惣太郎が担当した。当初のリストアップは捕手の吉原だけだったが、打撃練習で投手の川上が放つ鋭いライナーに驚いた鈴木は球団に電報を打ち、川上との入団交渉の了解を取った。

 一方・・・

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綱島理友のプロ野球ユニフォーム物語

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職業野球として日本のプロ野球が創設された戦前の時代から、プロ野球で使用されたユニフォームすべてを網羅した図鑑が完成するような連載

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