
イラスト=イワヰマサタカ
東京ジャイアンツと大阪タイガースのライバル関係は、日本職業野球連盟創設1年目の1936年から始まっていた。当初、リーグ戦は春季と秋季の2シーズン制だった。これは東京六大学などの大学リーグのスタイルを踏襲していたが、職業野球として独自に設定したのが、年間王者を決める年度選手権決定戦だった。米国のワールド・シリーズを参考にしていたように思えるが、言ってみれば元祖日本シリーズである。
36年は東京の洲崎球場、37年と38年は東京の後楽園球場と関西の甲子園球場で行われた。39年からは1シーズン制となったので廃止されたが、すべての年度選手権決定戦はジャイアンツとタイガースの戦いとなった。どちらかが春を制すと、片一方が秋を制すという形で、両チームは覇権を争った。他球団はまったく出る幕なしで、のちに伝統の一戦と呼ばれる戦いは、連盟の創設1年目から始まっていたのである。
最初の36年は・・・
この続きはプレミアムサービス
登録でご覧になれます。
まずは体験!登録後7日間無料
登録すると、2万本以上のすべての特集・インタビュー・コラムが読み放題となります。
登録済みの方はこちらからログイン