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綱島理友のプロ野球ユニフォーム物語

プロ野球ユニフォーム物語 第23話「中日ドラゴンズ編 Vol.3」

 

イラスト=イワヰマサタカ


 球団創設1年目の1936年、名古屋軍は総合成績で7球団中4位。まあまあの成績だった。しかしシーズン終了後、総監督の役割を果たしていた河野安通志が退団。日本職業野球連盟創設2年目の37年から加盟した新設球団イーグルスに戻った。もともと河野はイーグルスとその親会社の後楽園球場設立に動いていた。しかしチーム編成に手こずる名古屋軍に頼まれ、選手集めなどを手伝うことになる。発足したばかりの職業野球である。河野の人柄を信頼して入団した選手も多かった。彼らは河野とともにイーグルスへの移籍を希望し再契約を拒否。名古屋軍から選手がごっそりいなくなった。

 この事態に初代監督の池田豊も嫌気がさし、審判員に転出してしまう。

 慌てた球団は地元のライバル球団である名古屋金鯱軍から、選手集めに定評のあるマネジャーの赤嶺昌志を球団代表として招いた。そして監督にはベテラン外野手の桝嘉一を選手兼任で起用した。

 新代表の赤嶺は自らの名前にあやかってなのか、マークなどに赤を多用した派手なユニフォームを採用する。黒や紺が主流の時代、赤いユニフォームは目立った。さらに赤嶺は選手のスカウトに全国を走り回った。しかし選手集めは、すぐに結果が出ない。選手層の薄いチームは・・・

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綱島理友のプロ野球ユニフォーム物語

綱島理友のプロ野球ユニフォーム物語

職業野球として日本のプロ野球が創設された戦前の時代から、プロ野球で使用されたユニフォームすべてを網羅した図鑑が完成するような連載

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