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綱島理友のプロ野球ユニフォーム物語

プロ野球ユニフォーム物語 第29話「消滅球団編 Vol.7」

 

イラスト=イワヰマサタカ


 日中戦争が泥沼化する中、1940年の3月、内務省が芸能人の外国名、軽佻浮薄な芸名の一掃を通達した。たとえば歌手のディック・ミネは三根耕一、ミス・コロムビアも本名の松原操に戻され、俳優の藤原釜足は天皇家の忠臣たる藤原鎌足をもじった芸名は不敬と藤原鶏太と改名させられた。中国を支援する欧米への反発から、一種の言葉狩りが行われ、それはやがて職業野球にも多大な影響を及ぼすことになる。

 すでに沢村栄治ら有力選手も次々と徴兵されていた。日本が戦争の影に覆われつつあったこの年、東京セネタースは2種類の新ユニフォームを採用した。時節を反映したのか、2着とも地味なグレーのユニフォームだ。一つは胸に真っ黒な花文字で「SENATORS」。飾りはそれだけ。ラインもないシンプルなデザイン。当初、ストッキングにはラインがあったが、やがて濃紺一色となった。

 もう一つは、左袖の赤いセネタースの頭文字「S」と、白と紺のラインが特徴的。パンツからベルト通しの上を通り上着の袖下まで入ったサイドラインは独特で、職業野球としての主張が垣間見える装飾だった。

 当時の東京セネタースの監督は・・・

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綱島理友のプロ野球ユニフォーム物語

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職業野球として日本のプロ野球が創設された戦前の時代から、プロ野球で使用されたユニフォームすべてを網羅した図鑑が完成するような連載

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