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綱島理友のプロ野球ユニフォーム物語

プロ野球ユニフォーム物語 第31話「消滅球団編 Vol.9」

 

イラスト=イワヰマサタカ


 大正年間の1920年、東京の芝浦に球場などの施設を所有する日本初のプロ野球球団、日本運動協会が押川清、河野安通志ら早稲田大学野球部OBたちによって設立された。しかし、活動期間3年ほどで関東大震災に見舞われ、球場施設を震災復旧の資材置き場として内務省に接収され、活動の場を失ってしまう。当時は純粋な学生野球が尊ばれ、職業野球と呼ばれたプロ野球は商売人と蔑む人も多く、内務省も当たり前のように球場を接収した。

 しかし、そんな日本運動協会に救いの手を差し伸べたのが阪急の小林一三社長だった。協会は関西に移転。新たに宝塚運動協会と看板を掛け直して活動を再開した。だが、やはり、時期尚早だったのか、好敵手となるプロのライバル球団も現れず、昭和年間に入った1929年、世界恐慌に端を発した不況の中で活動を停止。チームは解散している。

 ところがその2年後の31年、読売新聞社が米国大リーグのスター選手を招聘した日米野球を開催する。これが大成功を収めると3年後の34年、大スター選手のベーブ・ルースを含めたさらに強力な大リーグ選抜チームがやって来ることになり、職業野球設立の機運が高まった。

 押川、河野たちは・・・

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綱島理友のプロ野球ユニフォーム物語

綱島理友のプロ野球ユニフォーム物語

職業野球として日本のプロ野球が創設された戦前の時代から、プロ野球で使用されたユニフォームすべてを網羅した図鑑が完成するような連載

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