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綱島理友のプロ野球ユニフォーム物語

プロ野球ユニフォーム物語 第35話「阪神タイガース編 Vol.5」

 

イラスト=イワヰマサタカ


 日中戦争が続く1940年の夏、日本野球連盟は満州(現在の中国東北部)遠征を行った。そして帰国後の理事会で、時節に合わせ自主的な日本化を決定する。チーム名やユニフォーム、球団旗、野球用語の一部が日本語化された。

 秋のリーグ戦前の9月25日。大阪タイガースは通称を阪神とした。ほかにも「虎」あるいは「猛虎」などの選択肢もあったが、鉄道という実業を手堅く担う本社の名称のほうが、当時の時代の空気には合っていた。

 ユニフォームには漢字で「阪神」の文字が左胸に縦に並んだ。アルファベットは廃止のため帽子の「O」マークも姿を消した。唯一残ったマークは、グレーのユニフォームの左袖についていた虎の横顔だけだった。

 41年の12月8日、日本海軍がハワイ真珠湾を攻撃して太平洋戦争が勃発した。しかし職業野球は続いた。

 翌42年、プレイングマネジャーとして阪神の監督に就任したのが・・・

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職業野球として日本のプロ野球が創設された戦前の時代から、プロ野球で使用されたユニフォームすべてを網羅した図鑑が完成するような連載

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