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綱島理友のプロ野球ユニフォーム物語

プロ野球ユニフォーム物語 第41話「横浜DeNAベイスターズ編 Vol.6」

 

イラスト=イワヰマサタカ


 戦時中の職業野球は国防色のユニフォームを着ていたという話が残されている。実際のところはどうだったのだろうか。

 日中戦争が続く戦時下の1938年、国民服という日本国民男子の標準服が制定された。色は当時の日本陸軍の軍服に近いカーキ色で、ワイシャツやネクタイを必要としない簡素な正装とされた。当時の日本職業野球連盟(現NPB)にも、ユニフォームを国民服に準じた形で制作したらどうかという働きかけがあったと伝えられている。41年に連盟理事長になった鈴木龍二は、このころの様子を自身の回顧録の中で、「国民服と称する、軍服に似たネクタイを不用とする服が制定されて、男子はそれの着用が次第に強要され、女子は“もんぺ”を用いることを求められて、派手な服装をすることが、はばかれるような風潮になっていた……」と、忌々し気に記している。

 戦後の52年に「背番号への愛着」という書籍を刊行し、プロ野球創設期から戦後にかけての背番号やユニフォーム、球団旗についていろいろと記録を残している竹中半平によると、ライオン軍が国防色のユニフォーム第1号だったそうだ。竹中は採用されたのは国民服が制定された38年の秋からと書き残している。ライオン軍のオーナーは・・・

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綱島理友のプロ野球ユニフォーム物語

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職業野球として日本のプロ野球が創設された戦前の時代から、プロ野球で使用されたユニフォームすべてを網羅した図鑑が完成するような連載

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