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綱島理友のプロ野球ユニフォーム物語

プロ野球ユニフォーム物語 第53話「北海道日本ハムファイターズ編 Vol.1」

 

イラスト=イワヰマサタカ


 空襲によって街は廃墟と化し、人々は食料難で食うや食わず。そんな混沌とした終戦直後の日本で、驚くべき速さで復活を遂げたのが職業野球だった。その呼び名もプロ野球と新たな看板が掲げられた。

 東京で素早い復活の中心にいたのは、新球団セネタースであった。

 戦前の東京セネタース初代監督の横沢三郎と、その兄で球団役員だった小林次男の2人が原動力となってスタートした球団である。さらに2人の弟たちも参加。横沢四郎はマネジャーとスカウトを兼任し、末の横沢七郎は選手として加わった。

 まさに横沢一家の球団だった(球団名は同じセネタースだが、出資元が別なので、NPBの歴史では戦前の球団とは別系列とされている)。

 1945年8月の終戦直後から球界関係者のたまり場となっていたのが・・・

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綱島理友のプロ野球ユニフォーム物語

綱島理友のプロ野球ユニフォーム物語

職業野球として日本のプロ野球が創設された戦前の時代から、プロ野球で使用されたユニフォームすべてを網羅した図鑑が完成するような連載

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