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綱島理友のプロ野球ユニフォーム物語

プロ野球ユニフォーム物語 第55話「読売ジャイアンツ編 Vol.7」

 

イラスト=イワヰマサタカ


 1945年8月の終戦から2カ月後の10月。東京巨人軍の親会社・読売新聞社では、戦後民主化の波の中で、労働組合が生産管理闘争を開始。新聞の編集、製作、発送を組合が自主管理する、いわゆる読売争議と呼ばれる紛争が勃発した。12月に一旦終結するが、128日間続いた争議の間、新聞社内はしばらく野球どころではない状態に陥った。球団は独自に動くしかなく、翌46年の春のキャンプは主将の千葉茂が中心となって選手自らが走り回り、食料の確保からユニフォーム発注まで準備を行った。言ってみれば、こちらも自主管理状態になっていた。

 シーズンは4月27日から開幕するが、巨人軍の戦力は乏しかった。沢村栄治吉原正喜のバッテリーは戦場に散り、水原茂はシベリアに抑留、ヴィクトル・スタルヒン白石敏男川上哲治中島治康などの姿もなかった。しかし6月になると、中島が選手兼任監督として復帰。続いて川上も戻った。巨人軍はそこから巻き返し、ペナントレース終盤は、戦前に南海軍として発足した近畿日本グレート・リングと優勝を争った。

 だが、近畿日本が球団創設以来初の優勝を飾り、東京巨人軍はわずか1ゲーム差の2位に終わっている。

 プロ野球は・・・

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綱島理友のプロ野球ユニフォーム物語

綱島理友のプロ野球ユニフォーム物語

職業野球として日本のプロ野球が創設された戦前の時代から、プロ野球で使用されたユニフォームすべてを網羅した図鑑が完成するような連載

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