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綱島理友のプロ野球ユニフォーム物語

プロ野球ユニフォーム物語 第56話「阪神タイガース編 Vol.7」

 

イラスト=イワヰマサタカ


 戦後、プロ野球が復活して2年目の1947年。破竹の勢いでシーズンを制し、圧倒的な強さを誇ったのが大阪タイガースだった。

 前年、戦後1年目のシーズンは中盤まで近畿日本グレート・リングや東京巨人軍と三つ巴の優勝争いを繰り広げたが、夏場あたりから息切れ。優勝は近畿日本にさらわれた。しかし、そんな優勝の望みがなくなった9月22日、戦時下の阪神軍で投手と監督を兼任していた若林忠志が疎開先の宮城県石巻から復帰。選手兼監督として復活した。

 当時、プロ野球界で深刻化していたのが、八百長につながる賭け屋の跋扈(ばっこ)。特に関西がひどかった。近畿日本の山本一人や太平パシフィックの藤本定義など、関西地区の球団の監督たちは賭け屋と戦い、関係を疑われる選手を多数解雇したという話は有名だ。大阪タイガースも47年のシーズン前に大量9人の選手がやめている。ただし全員が八百長がらみではなく、その中の1人、宮崎剛はこの年に創設された国民リーグに引き抜かれた。「とにかくインフレがひどかった。シーズン前には普通の給料額だったけど、終わったときには紙切れ同然になっている。で、条件のよい国民リーグに移ったんだ」。

 のちに・・・

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綱島理友のプロ野球ユニフォーム物語

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職業野球として日本のプロ野球が創設された戦前の時代から、プロ野球で使用されたユニフォームすべてを網羅した図鑑が完成するような連載

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