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綱島理友のプロ野球ユニフォーム物語

プロ野球ユニフォーム物語 第67話「国民野球連盟編 Vol.3」

 

イラスト=イワヰマサタカ


 東京の本所で軍需工場を営んでいた大塚幸之助は、東京大空襲で工場を失う。しかし彼はそれを見越して千葉の松戸に広大な土地を取得。工場の一部を疎開させていた。終戦後、松戸の工場で雨傘の骨組みを作り始めると各地の傘店から注文が殺到した。材料は軍需品用の金属が大量に残っていた。戦後すぐの1946年に日本政府がインフレ対策として新円切り替えを行い旧富裕層が没落する中、大塚の手元には新円の現金が日々ごっそり入って来た。

 彼は野球好きだった。松戸の工場敷地にグラウンドを整備し、大塚アンブレラという自社のチームも創設した。そんな大塚の元を横沢四郎が訪れた。戦後、セネタースを創設し監督をしていた横沢三郎の弟だ。新しくできる国民野球連盟に参加しないかという誘いだった。

 セネタースは戦後1年目の46年シーズン終了後、資金難で東急電鉄への譲渡話が進行中だった。この話を進めたのが球団創設以来事務方を取り仕切って来た小林次男だった。小林は名字が違うが、横沢三郎、四郎の兄だ。しかし球団に資金提供し実質的に支えたのは銀座の高利貸し・織手登だった。小林は東急への売却話を織手には相談せず、独断で進めた。事実を知った織手は激怒し・・・

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綱島理友のプロ野球ユニフォーム物語

綱島理友のプロ野球ユニフォーム物語

職業野球として日本のプロ野球が創設された戦前の時代から、プロ野球で使用されたユニフォームすべてを網羅した図鑑が完成するような連載

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