イラスト=イワヰマサタカ 東京の本所で軍需工場を営んでいた大塚幸之助は、東京大空襲で工場を失う。しかし彼はそれを見越して千葉の松戸に広大な土地を取得。工場の一部を疎開させていた。終戦後、松戸の工場で雨傘の骨組みを作り始めると各地の傘店から注文が殺到した。材料は軍需品用の金属が大量に残っていた。戦後す…