
イラスト=イワヰマサタカ
かつての
阪神タイガースには長年マネジャーを務め、球団の生き字引と言われていた
奥井成一さんという方がおられた。私も「ダイナマイト打線」を体現したと言われている濃紺のユニフォームを中心に話を伺ったことがある。奥井さんの選手としてのタイガース入団は戦後すぐの1948年。濃紺のユニフォームの登場時期と重なっていた。
球団創設以来、縦縞とグレーのオーソドックスなユニフォームを使ってきた球団が、戦後すぐの時期に突如採用した異端のユニフォームだ。それだけにファンの間には強い印象を残した。この時代を知らない世代の間でも、このユニフォームの認知度は高い。まさに伝説のユニフォームである。当時は黒いユニフォームと記述されていたが、奥井さんによれば「厳密には濃紺だった」という。
「私も入団したばかりなので詳しいことは知りませんが、聞いた話では、戦後の物資不足で、たまたま紺の生地が手に入ったので、それで作っただけの話やって言ってましたね」
街には・・・
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