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能見篤史コラム

能見篤史コラム 第21回「人生の選択」

 

社会人5年目に引退勧告を受けたことで、覚悟を決め痛みを我慢して投げ込みを続けると炎症が完治。そこからプロへの道が開けた[写真=BBM]


 この時期は受験シーズンで、春からは新生活が始まるという人も多いでしょう。人生は選択の連続ですが、僕自身、すべてが順風満帆だったわけではありません。今回は僕の過去の“選択”について振り返りたいと思います。

 僕が初めて親元を離れたのは高校入学のとき。なぜ鳥取城北高を選んだのかと言えば、ほかに行くところがなかったからです。地元・兵庫でも神戸弘陵高や東洋大姫路高のセレクションを受けましたが、一緒に受けに行ったチームメートのほうが注目されて、僕は落ちました。それでも高校時代は評価してくれる球団もありました。特に広島は熱心で、3年のときには「ドラフト3位で」という話もいただきました。高校の監督から「1年生のころからずっと、お前を絶対に壊さないでくれと言われていた」という話も聞きました。

 しかし・・・

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能見篤史のノウミ発見伝

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能見篤史が、多角的な視点で私見を綴る隔週連載コラム。自らの経験談に加え、グラウンド外から見えた新発見も!

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